新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

あのときから2年とアンタッチャブルの話題の620回目

あのときから2年経って

ハリガネロックがコンビ解消してこの2月で2年。大上邦博が芸人引退したこの2月。
さまざまなことが浮かんでくるものです。ハリガネロックは漫才が完璧すぎてうますぎたと思う。ただ、どこかで真剣な気持ちがあれば、それでまた違う人生。違う道はあったと思うのです。

アンタッチャブル、ぶち切れの漫才師。

2001年12月22日放送のオンバトについてだが、ハリガネロックは1位でオンエア。10戦全勝した。確かに勢いはあった。ところが、あのとき、落とされて、一時は相当いいところまでいったアンタッチャブルは、チャンピオン大会への道をここで閉ざされたのです。
ハリガネロック、第4代オンバトチャンピオンの称号を得た2人。ところが、アンタッチャブルは、すべて失ったも同然で2002年4月20日放送のオンバトからすべてゼロからスタートを切ったも同然に再スタート。リベンジして、やがてチャンピオン大会に返り咲いた。
2003年3月のオンバトチャンピオン大会は皮肉にもハリガネロックは6位で終わり、チャンピオン大会で前回出場できなかったアンタッチャブルは2位で好成績を収めた。実は、アンタッチャブルがここで勢いをつけるきっかけがあったのです。
そして、2003年12月28日放送の「M-1」で敗者復活で出場したのはアンタッチャブルでした。オンバトでしか知らないアンタッチャブル。それは後で知り、「オンバトに出た芸人が、本当か」と思った。オンバトに出たアンタッチャブルを知らなかった私は、すごい出世したと思ったのです。
ただ、準決勝で終わったハリガネロックは厳しいと悟り、「敗者復活はきびしい」と思ったのは確かでそれが現実になったとき、ハリガネロックは「もうダメ」と思ったことはありました。
ハリガネロックよりアンタッチャブルが勢いが出たのは2002年から1年半の間であったことです。
あえて書くが、アンタッチャブルオンバトで負けを知ってるから強かった。負けたものは這い上がる根性を2人にはあった。と思う私です。
とにかく負けを知って初めて運をつかむ。勝負に挑む者の心得なのです。
本当にアンタッチャブルオンバトではぶち切れ漫才を誇った偉大な芸人です。