新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

1079回目の日ごろの話題

昭和は輝いていた(の続き)

BSジャパンの「武田鉄矢昭和は輝いていた」。3月9日の放送の続きを書くが、「別れの歌」で「別れ」なのにタイトルに「好き」の歌が出たり、「喝采」やタイトルに「別れ」の付かない曲が出るなど見てて、非常に違和感があった。だったら、なんで「別れの歌」で「明日はお立ちか」という歌を出さなかったのだろうと思った。
「明日はお立ちか」。戦前に戦地に赴く兵隊さんの出征に悲しむ妻の嘆きを歌った歌であるが、戦争によって引き裂かれる別れも紹介してもよかったはずである。「なぜ出さなかったのだろう」と思ったものである。
ミステイクだったのは、テレビ東京のモノクロ時代の淡谷のり子の「別れのブルース」。ピアノ伴奏には違和感らしきものがあった。やっぱり歌番組での淡谷のり子の「別れのブルース」がよかったと今さらながら思ったものである。

喜べない人

某氏のブログで「昭和は輝いていた」の歌謡特集の際、テレビ東京の「なつかしの歌声」で放送されたVTRに関して、ワンコーラスであろうとフルコーラスであろうと素直に喜ばない、不満ばかり言っている。本当に「喜ぼう」という気持ちが伝わってこない。
紹介されたことに喜びを喜びであることや満足できる気持ちが出てこず、不満だけを並べて、欲求不足のようなところが多いので辟易してる。これでよく懐メロファンと言えるのかと疑問に思うこともある。
というか、「なつかしの歌声」で放送されたVTRを紹介しても視聴者には分からないため、諸事情でワンコーラスだけにされることがあるのではと思う。今の視聴者が昭和10年代の懐メロを喜ばれなくなったかもしれないので、番組スタッフの都合や諸事情があるのではと思う。
となると、実際に生で知った、その当時のころの懐メロが喜ばれる方が多いのが実情だろう。
だから、結論はケチばかりつけないことや不満ばかり書いていると嫌われるということだろうか?

あまり書きたくないが…

こんなことも書きたくないが、テレビ東京の歌番組で欠かせなかったコロムビア・トップ玉置宏。特に、テレビ東京の歌番組では玉置宏は、なくてはならない存在だった。歌謡界の生き字引みたいな人だったと思う。ところが、玉置宏が司会した「にっぽんの歌」の放送・番組もそのまま取り上げたら、いいものの、BSジャパンの「昭和は輝いていた」では、玉置宏の曲紹介をなかったようにして、イントロの被せにナレーションが入るので、かなり違和感はある。
テレビ東京の番組において玉置宏は歌番組の功労者たる人である。また、生前の玉置宏の博識は素晴らしかった。あの番組では、それをなかったようにしていくので、ひどいと思う。玉置宏を忘れ去られた人のように扱われるのもどうかと思う。
うまくもみ消しに躍起になってるというしか思えてならない気がするので、相手の裏が分かっているような気がするのだ。

エセすすきは玉置宏をどう思うか?

正直のところ、玉置宏、好きではないし、曲紹介も耳に残るものはないと思う。また、コロムビア・トップにしても曲紹介が古臭く、若者にはついていけないものがあった。それはいいが、玉置宏はどうも自分の性に合わないと思う。曲紹介や話も、だから、好かないと思う。
玉置宏が亡くなって、だいぶ経つが、3月9日放送の「昭和は輝いていた」で玉置宏の曲紹介もイントロの被せで消されてしまったので、ひどいことしてると思った。分からないように見せかけるためにしてると思った。というか、テレビ局も玉置宏の曲紹介をしても分からないからわざとなかったようにしてるのだろう。この番組もすべてをひっくるめて、ストレス増幅の番組になってしまったような気がする。

動画サイト

女性動画サイトで今年、エロメンになった「流れよく生きる」奴がそのサイトに出演することになった。自己紹介ムービーでこれからの抱負を語った。今までそのサイトに出演してたイケメン、いつの間にか消えてしまい、いつの間にか切り捨てられるような状態になっている。
その中でその青年がどうやってそこのサイトで使っていけるかと気にはしたものである。今の女性動画サイト、面白くないので、改善策を考えてほしいものである。

1079回目

そして、今日もどうでもいいことを書き、どうでもいいことたくさん書いた1079回目の話題となった。ブログを通して、現実逃避したい自分があったような気がしてならないと思った。