新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

エセすすきとオンバト

最近、NHKアーカイブスのHPでハンドルネーム・「エセすすき」としてオンバトの放送のところにコメントした。レポを書かなくなって、本当ならもうひとつのハンドルネーム・「サワダヒロタ」として使うはずだったが、ブログでのハンドルネーム「エセすすき」を使っているので、そこでついついなんでも書いてしまってしまう。度を超してしまうのだ。確かにそこのサイトやオンバトの放送の書き込みは、「エセすすき」専用ではないし、自分のところではない。みんなが有効に使ってこそのところである。独占したらいけないということだ。だからって、もしNHKアーカイブスのHPでオンバトの放送のところに、オンバトサポーターのことを書けばということだ。オンバトサポーターでは、住人に迷惑をかけてしまい、嫌がられる行為をたくさんしたわけである。管理人のankenさんから締め出されて、遠回しだが、追放されたようなものである。ankenさんから縁を切られたわけである。NHKアーカイブスオンバトの放送のところにオンバトサポーターの侮辱することを書くと、暴言吐いたと見なされて、嫌われるわけである。だから、NHKアーカイブスオンバトサポーターのことやファンサイトの話は禁物だと思う。ankenさんの面子を保つ意味である。NHKアーカイブスオンバトサポーターの話題を出さないようにする。それが自分の「心からのお詫び」になる。

笑いの金メダルNHKアーカイブスのHPにコメントしたら…

オンバトの放送のコメント投稿。ハンドルネーム「エセすすき」として投稿したが、あまり書くべき話題が、他局のことだと思う。コメントしたつもりで書く。

  • 2004年ごろ、テレビ朝日系列のオンバトと同じトーナメント番組があった。くりぃむしちゅーが司会だったが、その番組にオンバトチャンピオン(実力派芸人)のハリガネロックが出たときは非常にショックだった。オンバトで実力があったのに、その番組で若手同然に出演した時は非常に悲しかった。あのとき、優勝できなかったので、なおさら残念だった。あの番組にヒロシが出てたが、ヒロシがブレイクしたのがこの番組だった。ヒロシの「ヒロシです」。あるあるネタのようなところがあったからなおさら受けたのではと思う。

と、書いてみたが、なじってるみたいでこれは投稿できない。トーナメント番組・「笑いの金メダル」にハリガネロックが本当だが、若手芸人として、しかも売れてない芸人としてハリガネロックが出たときはショックだった。「笑いの金メダル」。わずか半年でトーナメント方式廃止したが、今になれば、「笑いの金メダル」もそこで出てる芸人は、人気がある。とみなされて、そこから人気芸人を発掘したかもしれない。そのヒロシが「笑いの金メダル」が生んだ芸人であったと今さらながら思うのだ。

アタック25で知ったのに

かこさとしさんが92歳で亡くなった。去年2月、「アタック25」のフィルムクイズの問題で「かこさとし」が出題された。そのときに初めて知った作家だった。最近知ったばかりなので非常に残念である。

102歳

木下忠司が102歳でこの世を去った。「喜びも悲しみも幾年月」の作曲家。兄の映画監督・木下恵介の映画では必ず、木下忠司が音楽を手掛けた。木下忠司の音楽には格調に帯びて、ぬくもりや温かみの音楽であった。テレビ番組にも手掛けているが、「人に歴史あり」のテーマ音楽を手掛けた木下忠司。最初のスキャットとナレーションは、圧巻の場面であった。音楽が素晴らしかったと思うのだ。最近、「桃太郎侍」が再放送してるが、音楽を木下忠司を手掛けていることを知り、新たな発見を知ったばかりだった。なので、訃報は残念でならない。

雁さん

「あの人に会いたい」で芦屋雁之助を取り上げる。芦屋雁之助が亡くなって15年近く経つ。芦屋雁之助が「裸の大将」で山下清を演じたことを知ってる人は少なくなった。「残念」なことだ。でも、「残念」であるけど、恰幅が良く、どこか安心感を与えてくれる人だと思う。最近だが、芦屋雁之助が大食漢であったことを知った。ある番組で行きつけの喫茶店で卵サンドが好物で、卵を贅沢に4個も使ってオムレツ状にして、パンにはさむ。それが食欲をそそったのだ。マスターが親しみを込めての「雁さん」は、長い間の友情が垣間見る思いがした。いい方でした。

大杉漣

2月に亡くなった大杉漣を5月26日の「あの人に会いたい」で紹介。自分では「ロスショック」と簡単に書いてしまうが、時間が経つにつれて、芸能界に大きな損失となったことを感じてる。テレビドラマをネット検索したら、「大杉漣」の名がいくつかあった。自分が大杉漣を「惜しい人」と書いて、(オーバーだが)悲しんでたらいけないと思う。でも、まだその悲しみから癒えてない。突然の訃報ということが自分の中でショックだったと思う。

発掘ニュースの話題

今回の話題、ノーコメント。別の話題を書く。以前私が書いた「連想ゲーム」1990年12月19日と1991年2月20日放送の回は発掘プロジェクトに尋ねたら、その映像がきちんと残ってるという報告があったので、一安心。「連想ゲーム」の発掘はまだまだ気になっている。NHKクロニクルで検索したが、「クイズタレント」の異名を持つ宮崎美子は、キャプテンが加藤芳郎の頃、3回出演したようだ。自分の中で宮崎美子が気になる人になったと思うのだ。