新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

1174回目の日ごろの話題

番組発掘

某氏が5月にNHKにイベントに行った。そのときに番組発掘プロジェクトの方の情報をツイッターで発進したが、果たして信憑性が欠けていると思う。自分がツイッターで発信してもすべてが「馬の耳に念仏」であって、自分の叫びが届いていないと思うのだ。彼が偉そうな口を叩く。そういう根性が大嫌いなのである。ツイッターって、誰でもできるが、実は、筒抜けで誰でも入ってしまうデメリットが多い。さらに、それをフェイスブックでやると、さらに自分のやってることはバレやすいので、危険性はあると思うのだ。ツイッターは、短い言葉で書かないといけないから、書くのが苦手である。それはいいが、この際、動画サイトに投稿云々なんて書かないで、投稿関係なしに一般視聴者が提供していかないといけない。好都合では済まないと自分では思う。私も偉そうな口は叩けないが、ツイッターで自分の考えを通しても書いても空しい叫びしかならない。相手にされないのが目に見えてると思う。

ブログを書いて

じゃ、ブログはいいかと書けば、ブログもウェブサイトなので、自分の考えや主張は、逆を書くと分かりにくい場合がある。自分が発掘プロジェクトの話題を出したにせよ、相手にされないケースもある。また、興味がない場合もある。かえって、むなしい雄叫びを自分はやっているのだと思うのだ。文章を書いて、心を磨く練習になったにせよ、ブログでは難しいのではと思うのだ。自分の興味ある話題をしたらどうなるか分からない面もある。また、書けば書いたで無駄なエネルギーを注ぐことになるので、そこが難しいと思う。この前、番組発掘プロジェクトにHN「エセすすき」としてコメントしたが、自分が投稿したコメントでビクビクしながら書いたものである。書いた書いたで何をされるか分からない怖さを感じた。自分も何されるか分からないでいるからネットというのは、危険地帯だと思っている。そういう見えないところで何されるか分からない怖さを感じながらやっているのでネットは危険な存在だと思ってる。

1178回目の日ごろの話題

最近、目黒区の5歳の子どもが栄養失調による虐待死させて、心を痛めている。死なせた子供には罪はないし、子どもの未来を奪った親の方が問題だと思っている。また、新幹線の殺傷事件と犯人の人相が悪くなっている。悪事を犯した人間には、顔つきが変わって、変人のような形業になるから、悪事が分かってしまうものと思う。心が痛い思いになる。考えると、自分も去年の今ごろ、様子が穏やかではなく、人相が悪かったような気がする。事件のショックで芽がおかしかったので、穏やかではないと思うのだ。人間、まともじゃないと顔に出やすい。人の心が出てしまうと思う。子どもは、未来の宝。その宝を奪うようなことをしたいけないのだ。

時事問題

4月に国会が空転。自民党内から衆院の解散も求める声が上がった。解散の云々より次期衆院選は、仮に2019年だとすれば、21世紀生まれの日本人が有権者として投票できることになると一瞬思った。この前の18歳選挙権有権者の若者が投票できるようになった。自分の当時の18歳は、選挙に行くことではできなかった。選挙依頼すらままならなかった。18歳で投票できることはいいことだと思う。日本の政治を担う有権者の声も大事だと思うのだ。というより、来年の統一地方選参院選では18歳以上の若者も投票できるようになったので1票の投票は大事だと思う。それにしても自分の支持政党を依頼、投票依頼は、厳しいと思う。思想の強要、勧誘されてるようなのでその加減が難しい。

民放の映像保存状況

NHKの番組発掘プロジェクトが進むにつれて、民放まで気になることは多々ある。民放の番組の保存状況など気になるのだ。フジテレビの「ミュージックフェア」やテレビ朝日の「題名のない音楽会」である。半世紀近く放送されていながら、現存する最古の映像はいつかいまだ謎に包まれており、最古のVTRを見たことはない。おそらく1970年前後、昭和40年代中ごろから残っているのではと思う。気になるのは確かにあるのだ。フジテレビで放送された「三匹の侍」。あるとき、モノクロ映像で平幹二朗長門勇加藤剛出演の頃を見たことがある。実は、初期に丹波哲郎が出演した映像は残っていない。それ以降なら残っていることを知った。民放が残っていない映像の提供の呼びかけをしたらいいかと思う。テレビ局に保管させた方がいいかと思う節があるのだ。