新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

学会と説法を話しした1208回目の日ごろの話題

聖教新聞

1990年7月19日。聖教新聞1万号達成。それから28年経つ。7月19日で19824号である。来年、2019年には2万号達成する。次の1万号にはおよそ29年かかったということになる。次の1万号の3万号には2050年ごろになるということになる。ざっと計算するとそうだ。

新・人間革命

7月16日の「聖教新聞」で連載の「新・人間革命」は、1993年2月11日に「聖教新聞」連載の「人間革命」が終了したことを記された。「人間革命」の連載。1991年に再開した時、第2次宗門問題が吹き荒れる中での再開であった。「人間革命」第12巻は、戸田城聖の死や1960年の池田大作が第3代会長に就任するまでを描いてる。「人間革命」の最終回は、1960年5月3日の池田大作の第3代会長が就任したその時期を描いている。
7月17日は1993年2月11日にリオデジャネイロに訪問した池田名誉会長。リオデジャネイロ連邦大学での名誉博士後の授与式に出席した。その謝辞で師の戸田城聖の偉大さを宣揚。自分が育んだ恩師に捧げたと書き記された。そして、2月12日にアタイデ総裁と会談した。95歳のアタイデ総裁について書き記された。
7月18日は、そのアタイデ総裁は、池田名誉会長を「これほど『会いたい』人は初めてです」と語った。池田哲学は、世界からその素晴らしさを分かっていたということである。アウストレジェジロ・デ・アタイデ

日顕の説法

Youtubeでの日顕カマシ説法でこんなコメントがあった。

日顕:『なあ、おいおい、あのなあ、そこに立ってなさい!』『あのー、さっきから聞いてるとなぁ、あのー、そのー、信者がなんだって。だんだん学会からいろんなことを幹部から言われて、そしてそのまた、お寺の信心がイヤになってきて、少しずつまた、向こうのほうの考え方にもなったりするっていうようなことが出てきてるってんだろう?』

質問者:「いえ、そういうことじゃなくてですね、信心がイヤになってきておる…」

日顕:『信心自体がイヤになったの?』

質問者:「はい。結局、悪口をもう聞くのがイヤなんだという方が増えてきておるんです」

日顕:『何人くらい出てんの?』

質問者:「いちおう、今現状で私のところに名簿があるのが約160世帯ございまして…」

日顕:『160人脱会者がいるのか?』

質問者:「いや、脱会はしてはおりません」

日顕:『えっ?』

質問者:「学会におりながら、お寺に、この…」


日顕:『脱会者じゃないんだね、それは? なんだ、(学会を)脱会させなさいよ! 脱会を君がさせるのが、君の、君の一番の責務なんだ! そんなことを質問する前にな、どんどんさっきのこの、ここに立った人のように、一人でもいいから脱会しなさいって言って、やりなさいよ、それを! あん?』

質問者:「はい」

日顕:『いいか! そしてその人が、二人でも三人でも脱会させていく。それが君の責務の方針なんだ。宗務院の方針もそのとおりなんだ。わかったか!』

質問者:「はい。ただわかっておるんですが…」

日顕:『うん? そのなぁ、いつまでたっても学会にいるから、籍を置かしておいて、どうのこうの君がブーブー言ったってねぇ、そんなことは問題解決しないよ。それをはっきりしろ! いいか! 学会を脱会させて、君のところのお寺の信者にして、きちっとして、君がその指導教師として指導していくということなんだ。まだ、法華講の結成はないにしてもだな。そういうことにおいて問題があるということなら、あれだけど、そうじゃないなら、学会にいてどうのこうの、言いたい放題のこと言ってんだから。信心がイヤになろうが、何しようがそんなことは関係ないんだ。 君にとっては! そんなこと、そんなくだらないことを言っておってはだめだってことを、頭から少しかましてやればいいんだ、そんな者に対しては! そんなことを君がいちいち心配するのは、“他人のせん気を頭痛に病む”って言うんだ、そういうの。わかったかい、よー! だから方針は決まってるじゃないか、さっきから、宗務院で何回も何回も、ここへ二人、さっき出たのは何のためだ、えー! あれはだねぇ、みんなにこういうとおり、さっきの二人が、真剣に創価学会のあの狂った中から、一人でも多くの脱会者を出して、(お寺の信徒に正しい信者にして、そして成仏させようとして)一生懸命やってんじゃないか! それを君もやったらいいんだよ! わかったかい!』

質問者:「ただ、あのー、すいません…、あのー…」

日顕:『一人の脱会者もいないで、何が“ただ、あのー”だ! 何だ、言ってみろ! ほら!』

要するに日顕は、創価学会から脱会者を出してお寺の信徒にさせようとしていくことが狙いであった。脱会者作りに信徒はその先頭としてやれと怒鳴り散らしたということである。
でも、法華講に付いた人間、聖教新聞で投稿した人も記事を読むと、寺信心に励めば励むほど不幸になり、坊主たちは、知らん顔。学会員はというと、真心の対話で法華講は間違った信心であることに気が付き、脱講した人が多いそうだ。寺信心には功徳がないことを宗門で実証済みである。正しい信心は学会活動していくことしか真の幸福道がない。

カマシ発言の続き

日顕の無慈悲なカマシ説法。「天魔がゆく」という創価学会が出したビデオで日顕の肉声を紹介した。あれは、すごく気になったが、あの肉声のテープ、一体どこにあったのかすごく気になった。さっき書いた説法。その録音テープ、どこから入手したかすごく気になっている。宗門と学会は絶縁状態である。絶縁状態でどこからそんなテープあるのか気になる。どこからもらったのではと思ったりした。
日顕が相次ぐ不祥事に苛立ち、開き直って『暴露だとか脅し記事なんかに恐れなさんな。何も暴露されたことが、堂々と「あー、若い時にちゃんと遊びに行きましたよ」と堂々と言い切る覚悟を持ちなさい』とものすごいバカでかい声で発言した。相当怒り狂った声だったのでバカバカしくて、失笑した。人間性がないということだ。

指導選集

大白蓮華」で3年ほど池田大作指導選集が掲載された。教養があふれて、慈悲がある言葉であったと思った。それを思った日顕カマシ説法や開き直り発言でこの発言があまりにも低レベルと思い知らされた。そういう無慈悲な言葉だと逆に優れた人の言葉がどれだけ偉大か考えさせられたのであの指導選集は、創価学会員が研鑽に使うべき値のものであった。

messyのイケメンヌード

確かに月野帯人messyのイケメンヌード。エロメンは終わりではないと思う。本やDVDでの月野帯人の身体はマッチョでクールさが引き立っている。ところが、messyは、月野のヌードは、不自然さがあって、汚さが出てしまったと思う。濡れた男の体に汚さが出て、これはダメだと思った。これで終わりではないし、エロメンや新人は次々と出てる。新人を取り上げるのは、情報を先取りするというようなものである。そういう先取りもしない。新作は出さないでおくのは卑怯だと思うのだ。