新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

令和になっても続ける「エセすすきの日ごろの話題」・・・(その7・お笑いの話題)

オンバト20年の話題

3月に「一夜限りの復活」と題した20年記念番組が放送された。記念を迎えてかつてのOBが20年を祝した。
でも、これで思ったが、オンバト20年を迎えてまず祝すべき人がいないことだ。それがアンタッチャブルである。せめてザキヤマだけでも20年のお祝いに来てほしかった。オンバトが生んだ「面白い芸人」「ブチ切れ漫才の芸人」だったアンタッチャブル。自己記録を更新し続けた芸人。その面白さが「M-1」でも高評価を上げたのに今はお祝いに駆け付けなかったので寂しさはあった。
それよりどうしてもだが、オンバトに出た芸人。15勝以上上げた芸人や連勝続けた芸人は気が付くと、テレビなどで大活躍中の芸人はあまりいない。気が付けば、連敗した芸人や1度もオンエアしてない芸人がブレークしたケースが数多くある。オンバトには矛盾が生じたと思う。
一例をあげると友近・コンビ時代でオンエアできなかったが、その後、ピンでブレークしたケンドーコバヤシがそうである。「ただ面白い」だけではなくフリートークのうまさや別の意味でのお笑いを武器にブレークした。そういうことを考えると、笑いは「ただ面白い」だけでは通じない面もある。芸人は違った個性がないとブレークできないのだ。
オンバト「一夜限りの復活」でお祝いに全く駆け付けなかった芸人がいる。オンバト歴代チャンピオンたちだ。オンバトが生んだスペシャリストで2年連続チャンピオンのタカアンドトシは司会で登場。駆け付けなかったのは、上記のアンタッチャブルルート33NON STYLEトータルテンボスタイムマシーン3号、トップリードの和賀。そして、小生が挑戦者時代はリアルタイムで見れなかったが、オンバトチャンピオン後、その実力ですごさを知ったハリガネロックである。そのハリガネロックは、お祝いに駆け付けなかったことが非常に悲しい。ハリガネロックがせめて一夜限りの登場したことが非常に寂しい。こんな寂しいことはないと思った。

今さらながらの話題

やはりハリガネロックが「オンバトが生んだ芸人だった」のはそうかもしれない。ハリガネロックは、オンバトが生んだ実力者だった。
ブレークまでは至らなかったものの、私は、オンバトチャンピオンになってからのハリガネロックは惹かれたものでハリガネロック目当てにルミネで見たことはある。生でハリガネロックの漫才を見た。ルミネでハリガネロック見ただけでは満足できず、ルミネでフットボールアワーNON STYLEパンクブーブートータルテンボスとさまざまな吉本の芸人を見るチャンスができた。これもハリガネロックあってのものである。
ハリガネロックの漫才。テレビで見た時や生で見たときは気が付かなかったが、去年暮れ、ある人の一言で「ハリガネロックって「絶叫漫才」だったような気がする」と、この一言で気が付く。ハリガネロックは、ユウキロックの「Thank you」は吠えたかもしれない。吠えてたので言われれば気が付いたことだ。その一言でうなづけた。
それはいいが、ハリガネロックは、かなりの辛口漫才で毒舌漫才だった。かなりの毒が強かったかもしれない。今さらだがそう思えてならない。今は見ることはできないが、できなくなってからしみじみそう思った。
でも、オンバト20周年記念番組にハリガネロックは、元の人として登場しなかった。祝ってもらえず、さみしかった。ハリガネロックは、オンバト熱唱編で司会者としても登場した。司会者とミュージシャンのやり取りも絶妙だったので間がうまかった気がする。これも今となっては自分の思い出しかないのでやや寂しい。

「笑いとは」の話題

やはり今まで自分を支えたのは笑いであって、21歳から今日まで自分は笑いとともに生きたと思う。笑いがあって、今の自分があると思うのだ。