新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

今週のお題「2019年上半期」

今週のお題「2019年上半期」・・・お笑いの見方

私にとって、2019年の上半期は、お笑いの見る目が変わったような気がする。
特に、「オンバト20年SP」で出演した芸人に対して、自分の思っていたものと実際に出演した芸人に対する不満があった。これでオンバトに対する考えが違っていることに気が付き、考えがどんどん変わっていった気がする。
また、ファンサイトのオンバトサポーターの見る目も変わった。「オンバトファン」である以前に「お笑いファン」という考えがないと、笑いに対する熱情というのは、生まれないと思った。笑いには「愛」がないといいものは生まれないと思った。
オンバトサポーター」のANKENさんから私のことを「アク禁」の人間と言われ続けた。しかし、今まで「なぜ自分がそういうことでアク禁になったか」をきちんと言ってなかった。2019年5月になって、自分で分かったが、私がオンバトサポーターで掲示板をたくさんしたことでみんなから嫌われまくったと思う。これで、みんなから相手にされなくなった気がする。自分が何度も問題を起こすだけ起こすと、嫌われると思った。
が、オンバトに対する考え、2019年の下半期も出ると思う。「オンバト以外の笑いはこの何年間にもあった」と出ると思う。今書けるのは、「オンバト以外の笑いはきっとある」と思うのだ。その具体的なものはまだ出てない。

今週のお題「2019年上半期」・・・平成31年の4ヵ月のエセすすき

「平成」

私にすれば、「平成」の30年間は長い30年だった。特に、最後の4ヵ月は、「平成最後」の年と思いながら、毎日過ごしたと思う。1日1日を大事な時間として自分は過ごした気がする。「平成」が終わった今、その実感がなく、まだ「令和」という時代が迎えたという意識がない。おそらく「平成」にとって自分の中で、自分の成長を共に過ごした時代だったためか、「平成」は、自分にとって大事な時期だったと思う。目まぐるしく生きた時代だったと思う。この4ヵ月は、「平成」の終わりをどう思いながら、過ごした4ヵ月だった。
2019年の上半期は、「平成最後の年」だったという印象がある。そして、「2019年下半期」は、「令和が本格的に始まった」最初の半年間と思う。大きな変化が動き出した半年になるかもしれない。

今週のお題「2019年上半期」・・・お笑いライブは「平成」のころの楽しみだった?

2019年5月、「令和」になった。
「平成」が終わったことで自分もお笑いライブに行くのは、やめようと思ったことはあった。でも、考えて見ると、「お笑いライブは「平成」のころの楽しみだったのか」と思うことはあった。

「平成の頃の楽しみはお笑いライブに行くこと」

でも、「そんなことでお笑いライブに行くのを引いていいのか」と思った。思ったけど、これまで、自分にはさまざまな試練や苦難があった。でも、今まで乗り越えられたのは、笑いがあって、ここまでできたと思う。「令和」になった今、「令和」になったけど、「いいことは一つもない。笑いなんか見てもいいことないから、やめよう」と思ったら、果たして自分はこれから自分を支えていくものはなくなると思ったのだ。と思うと、「笑いを見るのは平成のころの楽しい思い出」にしたくないのだ。
だから、笑いはいつの時代も楽しめると思う。自分がこれから支えていくものは何か考えながら生きたい。「もうこれで終わろう」と思ったらいけないのだ。おそらく「平成」が終わったことで喪失感を感じて、喪失感で「もういいことないよ」と思ってるかもしれない。自分で壁を作っているのかもしれない。

昭和歌謡大全集

最近、Youtubeで「昭和歌謡大全集」の第1回と第2回を公開してる。それを見て、「こんなの見ても面白いと思わない」と思った。最初の時は、テレビ東京に残っている映像を紹介する貴重な番組だったかもしれない。でも、回を数えていくと、同じ映像ばかり流れて、新鮮味が失われたような気がする。私は、それをYoutubeで全部見たいと思わない。
それにゲストの人が当時放送された映像を見る。それを見て、自分が恥ずかしがっている場面が多くあった。あれが見るのが耐えられない気がした。というか、同じ映像しか流れないテレビ東京の懐メロ。そんなことことしてるより、視聴者や関係者が大事に保管してる幻のテレビ東京の懐メロを見たい。そっちのほうが、お宝映像だと思っている。
テレビ東京がいくら保存してる映像を「お宝」と称してもごまかしみたいなものはあると自分では思っている。