新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

オンバト批判、まだ続く

兼高かおる

今年1月に亡くなった兼高かおる。今の若い人には、知らないと思う。40代以下の人には知らないと思う。海外の都市を兼高かおるがテレビ番組で紹介したことは、当時の人には、「憧れ」の象徴だった。亡くなって「海外旅行に行けない人には兼高かおるは「憧れを持たせた人だ」」と思った。38歳の私が同じ年の人には分からない人を知ってるので、変わってるかもしれない。

山東昭子の言葉

今回の参院選Yahoo!ニュースでも取り上げた。参院選に出馬する候補者の質問があった。その中で、「今までで一番苦労したことは?」の質問の際、山東昭子は、その回答でこのような答えがあった。

「もちろん苦労したことはたくさんありましたが、一晩グーっと寝て忘れてしまいます…。」

この答えを見たとき、長い間、議員としてやってきた言葉だと思う。苦労はあっても寝てすべて忘れて、議員を続けていく。そういう心が議員として長く続けることができたと私は思った。

オンバト批判、まだ続く

オンバトの最後の4年間。爆笑オンエアバトルからリニューアルスタート後のオンバトは、見てて、オンバト全体が暗く、沈んだ空気に包まれた。そういう暗いムードで放送してた感じがするので、最初の頃の活気は失せたような気がした。
オンバトがバラエティー番組化した時は、完全にお笑い番組ではなくなった気がした。「史上シビアなお笑い番組」というコンセプトを失うとその土台が崩れてしまって、「なんでもありき」の精神になる。その「なんでもありき」が大きく災いしたと、私は思う。
さらに、「視聴者投票」と呼ばれる携帯投票システムは、視聴者を呼び込むための苦肉の策で視聴者を多く獲得したいための作戦だった。そういう苦肉の策で視聴者に呼び込もうとしても視聴者の心を離れさせる遠因になった。視聴者が1度飽きられることをしたら、「もういいわ」と思われてしまって、だんだん視聴者の気持ちを離れされることにつながった。「番組」というのは、生きものだからその生きものを大事にしないと番組自体は育たないと思う。
オンバトの最後の4年は、盛り上がりが欠けて、閑古鳥が鳴いてるような気がした。特にオンバト最後の年は、収録も盛り上がりがなく、熱気もなく、沈うつなムードに包まれた。その沈うつなムードにひところの華やかさがなくなったような気がした。オンバトレギュラー回の最終収録は、異様な空気に包まれて、変な空気でやっていたような気がした。変な書き方になるが、オンバト最終回が決まったときは、お葬式をやってるようなムードになって、お葬式な感じがした。

オンバトって、こんな番組なの」

と思った。
今まで収録に行った自分にはこんな悲しい気持ちで収録を見ないといけない。気持ちが悲しくなった収録は後にも先にもこの日だけで悲しい気持ちになりながら会場を後にした。オンバト最終回もまともに見れず、録画したけど、ほとんど見てない。また、「もう1回見たい」と思わない。最終回のオンバトは、辛すぎて、「悲しい」「悲しい」という思いが先走ったことがある。これが私にとってお笑いに対するひとつの危機だった。
その危機を乗り越えたのは、生で見る笑いを見たおかげだと思う。その後もお笑いに対する危機は何度かあった。2018年初めから半年間、お笑いライブに行かず、私の失業中ということもあって、笑いには縁のない生活を送った。でも、そういう危機があったからいくつも乗り越えたと思う。オンバトがなくなった今、「オンバトがなくても笑いのすごさはいくつもある」と思ったのだ。
2019年5月は、オンバトに対する考えが大きく変わったと思う。今までオンバトが全てと思った自分には「オンバトだけが笑いではない」ということに自分でも気が付いた。オンバトだけを一つの基準にしたと自分では思う。それが大きな間違いに気が付くと見方が変わると自分は思う。「オンバトが全て」と自分では思ってしまったかもしれない。オンバト以外のお笑い番組やバラエティー番組の面白さや魅力があることに最近になって気が付いた。それに気が付くと見方が変わっていくと自分では思う。
オンバト以外の笑いはいくつもある」そこに気が付いたのはいい。だけど、その答えにはまだ見つからない。というか、自分には、「オンバト以外にも笑いは面白さがある」ということをその入り口に入り、その入り口に入って、そこから答えを出していくために行ったと自分では思う。これからだと思う。