新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

「112や113」と「220」その荒唐無稽なことを考えたエセすすき

荒唐無稽

2011年の今ごろ、前に働いていたところで台風の中、私は、あるアイドルを江利チエミに似てると言った。みんなが白けるばかりか、そこの職員から言われたのは「荒唐無稽」という四字熟語だった。
この8年間、忘れることができない言葉である。さて、今回は、オンバトサポーターのライブレポで自分で思っていたことが全部荒唐無稽だったことを書く「エセすすきの日ごろの話題」です。
そのオンバトサポーターのライブレポで思った荒唐無稽なことを3回にわたって書きます。

「337」あったオンバトサポーターのライブレポ

オンバトサポーターのライブレポのコーナー。これまで投稿された数は通算「337」と言われる。
私はオンバトサポーターに投稿した。ところが、私がアク禁であったことからこれが原因でオンバトサポーターのANKENは私と縁を切る際に、「ライブレポの投稿禁止」されて、その私のレポを全部消去された。私がいなかったようにするため、投稿者名を入れられた。投稿者名に「No」と加えられた。そのため、全部あやふやにされた。しかし、実際は、「213」ある。(のちに投稿されたレポもあるため現在は「223」)(どうでもいいが、全体の63.20%ある)
ANKENが私のレポをなかったようにした。これで私のことはなかったようにして、忘れた。そのはずだった。だが、私は、(「なんでだろう」ならぬ「なんだろう」)まだオンバトサポーターのその時の数をずっと覚えていたのだろう。その中で、「112」と「113」がYさんが投稿したレポを今でも覚えていたということだ。

誰も思っていなかった「112」と「113」のオンバトサポーターのライブレポ

そのオンバトサポーターのライブレポ「112」と「113」だが、Yさんが2005年秋にU字工事を目当てに行った。それを今でも覚えている人は誰もいない。思っているなら、そのYさんをしつこく考えていた。そういうふうにしつこく考えてる自分がそのことで「ああだ」「こうだ」と言ってるようなものだ。
Yさん投稿のオンバトサポーターの「112」回目のライブレポは、2005年9月30日の第220回目のラ・ママ新人コント大会U字工事が出た回。「113」回目のライブレポは、U字工事が出た2005年10月10日の「宇田川ロケット」であった。
ところが、これを14年思っていた自分は、このことで「そのときのYさんが投稿された(した)レポのことなど誰も思っていない」ということに気が付いた。自分が14年も勝手に思っていたということだ。また、これをオンバトの放送回数(の「112」と「113」)とつなげってしまったため、「それはおかしい」とようやく気が付いた。
その「112」と「113」のオンバトの放送。2001年12月22日放送と2002年1月12日放送だった。この回、いずれもハリガネロックが2回連続出演。2回連続でネタが放送された回だった。当時のハリガネロックは、飛ぶ鳥落とす勢いだった。オンバトファン。オンバト通の人間は、「112」と「113」は、ハリガネロックが出演した回をすぐ浮かぶもの。(残念ながらそれを知ってるのは、ANKEN以外のオンバト通の人間なので、ANKENだけが知ってるとは限りません) 「112」回目の出演したハリガネロックが漫才の中で「キンキキッズ」のコンサートで観客から声援が送る。「ツヨシ、ツヨシ」向こうで「レイジ、レイジ」それが「中川家」だったというくだりだった。「113」回目は、ハリガネロックが漫才のさしすせそ。漫才が終わったところでユウキロックは「そろそろお時間です」ということでネタが終わり。のちにオンバトで放送されたフットボールアワーの「料理の「さしすせそ」」とは違う内容の漫才だった。一味違う漫才だった。
ハリガネロックを2回連続出て、面白かったオンバト。それを面白かったのに、それをオンバトサポーターのライブレポの「112」と「113」のU字工事が出た回とつなげてしまった。それを誰も思っていないことを気が付いた。オンバトファンの人間は、「112」と「113」の放送は、すぐ出るものである。オンバトファンは、オンバトサポーターの「112」と「113」のことを思っていない。だから、あれは自分勝手に思っていた。オンバトサポーターのことをそのときの数のことを思っていないことに気が付いた自分。ようやく大きな間違いに気が付いた。そして、大きな間違いを自分で思ってことがある。

「220」の3つのこじつけ。誰も知らない

伊東ゆかり「誰も知らない」という歌がある。そういう曲があることを知っておきましょう。さて、その「誰も知らない」こと。
2005年9月30日の220回目のラ・ママ新人コント大会。YさんがU字工事を目当てに行ったラ・ママ。通算「112」回目のオンバトサポーターのライブレポである。その220回目のラ・ママ新人コント大会。Yさんが行ったレポ。そのときの内容よりその数だけ頭の中でずっと思っていたということだ。さらにオンバト通算220回目の放送。(これは、NON STYLE初出場して初放送された回である)そして、オンバトサポーターでYさんが投稿の2007年1月8日の「宇田川ロケット」のライブレポと3つのことでつなげた。
果たして3つの「220」に誰が思っていたのだろう。みんな思っていない。だから、それは本当に「誰も知らない」ことなので、その「誰も知らない」を自分で12年以上思っていたことだ。こんな「荒唐無稽」なことを思っていた自分に自分の中で「おかしい」ことに気が付いた。だから、こんな自分の中でくだらない。また、みんなが「誰も知らない」ことを思っていた。オンバトサポーターのそのときの投稿した数。それを知ってる人は少ない。だから、自分のバカバカしさに気が付いた。そんなことを思っていた自分が情けなくなった。
そして、Yさんが220回目のラ・ママ新人コント大会に行って14年。結局自分はYさんがラ・ママでU字工事を見れたことより勝手なことを自分勝手に思っていた。それが自分の結論である。本当に「荒唐無稽」だ。

「220」のいろいろな見方

でも、「220」というと、JR東日本の切符での運賃である。特に通常なら渋谷から吉祥寺まで310円であるが、京王井の頭線と乗り入れしてるため、競合である。そのため、そこの区間は、220円と特定区間に指定される。JR東日本に詳しい人ならその「220」ならすぐ浮かぶものだ。そして、220円で切符で乗車できる区間。これまでIC乗車による運賃は216円だった。(2014年4月の消費税8%引き上げでIC運賃適用。220円での区間はICで216円で乗車できた)。今度の消費税10%引き上げで220円で切符で乗車の区間もICで乗車した際も同じ220円である。
だから、JR東日本に詳しい人ならこのことが浮かぶと思った。だから、オンバトサポーターのライブレポ「220」を思う人はみんないないと気が付いた。いろんな見方を12年できなかったということだ。そのいろんな見方ができないなくなると他の見方ができないことをようやく気が付いた。
どうでもいいが、第220号は大白蓮華は1969年8月号の発刊した際の数である。表紙はモノクロ表紙の富士山。宗門の水谷日昇上人の題字による大白蓮華だ。その日昇上人の題字による大白蓮華は、創刊から1969年12月号の通算224号まであった。そして、1970年1月号の第225号から大白蓮華。その大白の字がゴシック体で記された。そして、朝ドラ「おしん」は、終戦間もない状況を描かれた。第220回目は、1983年12月22日放送だった。だから、オンバトサポーターのライブレポだけ頭の中で思っていたら、それで自分はずっと縛られることになるので結局、何も分からなくなるということだ。12年も思った自分は本当にバカバカしいことを思っていた。これが結論だ。