新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

今週のお題「いろいろな間取り」

今週のお題「いろいろな間取り」

今回もテレビドラマで見た話題を書くが、「ひとつ屋根の下」シリーズでの我が家は印象深いものがあった。
兄弟が同じ家で一緒に暮らすこと。物語の最初は兄弟6人は離れ離れでいた。やがて6人が同じ家で暮らすまでを描くことは、兄弟の絆を描いたドラマだった。今、絆という言葉が感じられない昨今、そうした失われた日常を取り戻すには大切なドラマであり、失われた何かを問いかけるドラマだと思う。そうした意味で「ひとつ屋根の下」のドラマでのメッセージ性は大きい。

今週のお題「いろいろな間取り」

落語の中に出てくる長屋。これをYoutubeを通じて聞き、魅力にはまったのが古今亭志ん朝でした。
古今亭志ん朝の落語の長屋を聴いて、貧乏な家なのに志ん朝が落語をすると、貧しさやひもじさがなく、逆に「楽しい家」を聴いているかのような内容を思う。これは古今亭志ん朝の落語が品が良く、上品ゆえのたまものだと思う。そうしたいい人の話を聴くと、自然に自分を磨けるので、古今亭志ん朝の落語は聞いてよかったと思うわけです。だから、落語家の落語を誰がやることでそのときの世界や良さが出ないというところかもしれません。

今週のお題「いろいろな間取り」

(このつづき)
本当に落語を聴かないといけないということで落語にはさまざまな特色があり、趣や風景(や風情)があるわけです。
Youtubeで落語を聴くのも落語を興味を高めるために聴いているもので、さらに楽しむために聴いているわけです。
私は、「おうち時間に落語を聴く」ことは無関係です。その「おうち時間」がやがて「おうち時間離れ」させるために、Youtubeで落語を楽しんでいるようなもので、やがて寄席でいつでも見れるよう、楽しんでいるわけです。だから、落語にのめり込んでいるわけです。
目いっぱい聴くつもりでいます。Youtubeで落語を聴くのも勉強のうちです。

今週のお題「いろいろな間取り」

今週のお題「いろいろな間取り」

本当ならこの話題は、「我が家」の話が元。ところが、私のブログでは、「エセすすきの日ごろの話題」というタイトルでスタートした9年前からずっと「我が家」の話は秘密なので、あまりしたくないため、そこで今回は、別角度で「いろいろなおうち」を2日間にわたってお送りしたい。

今週のお題「いろいろな間取り」

脚本家の橋田壽賀子さんが亡くなった。前年、文化勲章受章した橋田壽賀子さんだっただけに受章後のドラマ作品を書いてほしいと思うと、ただただ残念でならない。
橋田ドラマでは食べるシーンが多く、その食べ物はおいしそうでならないと思った。特に「おしん」では全297回必す1回は、食べるシーンや食べ物のシーンが出るので、これがうまそうに見えて、おいしそうに感じた。
私が再放送などで見たのは、田中裕子が「おしん」を演じたとき、そのころからの「おしん」は見た。そのときの食べ物が美しく見えて、よく感じるものがあったので、いつ「おいしそう」に感じた。

今週のお題「いろいろな間取り」

ところでだが、おしんの好物は果たして何だったのがこれだけが謎に終わった。
うなぎやおそばが好物というセリフが出たのを再放送で見たが、本当に好きなものが何か気になった。謎に終わった。食べ物を粗末にしたらいけないことを橋田壽賀子は「おしん」の中で描きたかったのではないだろうか?

今週のお題「いろいろな間取り」

落語に出てる話は、長屋の話が多く、貧乏長屋の話は多いわけです。庶民性の話題に富み、そこに生きる質の人情や風情が描いているわけです。
江戸落語となると、下町が多い。その中でこのお題とは違うが、「長屋の花見」という落語を最近Youtubeで聴いた。貧乏人が多い長屋の人って、花見はちょっとした贅沢あり、楽しみであるというである。そうしたちょっとした楽しみが落語の中に詰まっているというわけです。
私がYoutubeで聴いた中でよかったのが5代目円楽がやった演目の「長屋の花見」だ。5代目圓楽の話し方と長屋の風情が出て、妙にぴったり合った落語だった。ぜひ機会あればみなさんも聴いてください。

コロナ危機

玉木雄一郎の発言録から(朝日新聞より)

国民民主の玉木雄一郎代表は8日の記者会見で、今夏の東京五輪パラリンピックの開催可否について「いまの感染状況を客観的にみると、本当に開催できるのか。第三者機関を設けて慎重に検討すべきだ」と述べた。新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、現状では開催が難しいとの認識を示した。

 玉木氏は首都圏に「まん延防止等重点措置」が出される可能性があることを念頭に「延期論を含めて一度冷静に検討するべきだ。まん延防止等重点措置が出ているならできないと思う」と述べた。さらに「開催となれば、1万人近い医療関係者の投入が必要になる。医療資源の適正配分の観点から、安全に開催できるかどうか、第三者機関で客観的にレビューする時期にきている」と指摘した。

 一方、ワクチンを五輪選手に優先接種させることがあれば、「本当に国民的な理解と納得が得られるか疑問だ」と強調した。「(政府が優先接種を検討しているとすれば)開催ありきで無理やり順位を変えている気がする。選手自身が非常に後ろめたさを感じ、悩ませることになる」と語った。(鬼原民幸)

「オリンピックは難しい」のが現実です。第4波が来てるさなか、第4波の危機打開が大事であって、オリンピックどころではない。共産党志位和夫委員長は「中止」を主張してる。だからこそ創価学会公明党も玉木氏の考えに「賛同せよ」である。

舛添要一twitterから

アメリカでは、すでに1億8350万回ワクチン接種済み。軍隊まで使っての動員力と、杓子定規な規制なしの迅速な接種、学ぶべき点が多々ある。日本は、まだ150万回のみ。そもそも供給不足。これでは、コロナとの戦争に勝てない。

負けて滅びゆく姿のニッポンに哀れさを感じる。そもそも安倍首相が最初に首相になった2007年ごろからニッポンは転落の一途に進んだと思う。これがコロナによってニッポンの衰退を物語っていると思う。創価学会よ、ニッポンの悲劇を怒りとして叫べ!

国民の半分以上がワクチンを接種し、日常を回復しつつあるイギリスと、医療従事者ですらまだ接種していない日本。感染者が急増している日本。感染防止と経済、二兎を追って虻蜂取らずの日本。今明確に言えることは、徹底した感染防止対策こそ最高の経済対策だということである。今の対応は失敗である。

今のコロナ対策では不十分であるうえ、何をやっても国民を苦しめるだけで苦しい状況に追い込まれるのは当然だと思う。創価学会公明党は、そうした失政を厳しくただして、社会の変革をさらに進めてほしい。
共産党のような「社会悪と戦う政党」になってほしい。公明党は、「社会悪と戦う」精神が足りない。だから、社会に出るのではないか?
瑞相とはよく言ったようなもの。

舛添要一twitterから

蔓延防止等重点措置は目の粗いザル。こぼれ落ちた所から悲鳴だ。(略) アクセルもブレーキも1つでよい。新たな制度を作れば問題が片付くと考える役人、その勘違いを正すのが政治家の仕事だ。

そうだ、だからこそ公明党創価学会が誤った考えをただすのが大事で出番が必要である。
公明党よ、もっと声を大にして叫びきれ

舛添要一twitterから

本日の全国のコロナ感染者4312人。一方、イギリスの昨日の感染者は2471人。英国では、ワクチン接種が大きな効果を上げている。東京五輪まで100日、日本でイギリス並みにワクチン接種が進んでいれば、「絶対開催」と言えるのだが・・・。英紙ガーディアンも米紙ニューヨーク・タイムズも開催に疑問符。(4月14日にツイート)

ニッポンはコロナワクチンには後回し。だが、オリンピックをやるのは、オリンピックを優先する政治家の無責任さがあってのことです。
創価学会は、これまで幾多の問題を起こして、不信を作ったオリンピック問題に襟を正さない。感覚マヒの政府にモノ申せない創価学会。愚かなことです。今こそその悪と見抜き出せ

東京五輪まで100日を前に…海外有力紙から開催悲観論相次ぐ「一大感染イベントに」(デイリースポーツから)

 1年延期となった東京五輪まで14日であと100日を迎える中、海外主力紙から開催への悲観論が相次いでいる。

 12日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、「五輪を再考する時がきた」と題し、日本国内で新型コロナウイルス感染が収まらずワクチン接種も滞る中で五輪を開催するのは「最悪のタイミング」と断じた。そしてこの大会が日本と世界にとって「3週間の一大感染イベント」になる可能性があると伝えたほか、人権問題絡みでボイコットの動きがある22年北京五輪を含め「今の五輪にコストを見合う価値があるのか。未来に向けて取り組む時期がきた」と、問いかけた。

 英高級紙ガーディアンも12日に「ショーは続ける必要はあるのか?」と疑問を呈する社説を掲載。「日本とIOCは大会が正当化できるか自らに問いかけねばならない」と指摘し、開催リスクを厳しい論調で訴えた。コロナ禍で最初の五輪にこだわる日本の姿勢にも触れ「中止は失望と経済的損失につながる。ただ、そうした要因は五輪がパンデミックをさらに悪化させるリスクに比べると分が悪いはずだ」と、説いた。

こうした悲観論が出てることは、「オリンピックは厳しい」ということであって、「開催は不可能」に等しいということだ。しかし、IOCは、感覚がマヒして、「絶対できる」という断言してるが、こういうことを言ってももうだまされないであろう。
私も「オリンピック中止」を祈念してるが、そこに至らない無責任な政治家は、愚直でしかならない。

シナリオ崩れても「中止はない」 五輪に突き進む菅政権(朝日新聞から)

五輪開催まで100日となっても、新型コロナウイルスの感染再拡大を前に、課題は積み残ったままだ。それでも菅政権は「中止はない。五輪をやることは決まっているんだ」(政府高官)と、開催に向けて突き進む。ただ、少し前まで政権が描いていた開催までのシナリオは崩れつつある。

 政府などは3月20日、海外からの観客受け入れ断念を決断。安倍晋三前首相が大会延期を決める際に表明した「完全な形での開催」を捨て、開催へのハードルを下げた。その2日後の22日、2カ月半続いた緊急事態宣言を全面解除した。25日には聖火リレーをスタートさせ、官邸幹部は「開催に向けて走り出した」と、五輪ムードの盛り上がりを期待した。

 しかし、その高揚感は続かなかった。新型コロナはすぐに再拡大の局面に入り、4月5日に大阪など3府県に緊急事態宣言に準じる「まん延防止等重点措置」を出さざるを得なくなった。重点措置の適用は翌週には東京にまで広がり、感染力が強いとされる変異株の広がりもみられ、予断を許さない状況にある。加藤勝信官房長官は14日の記者会見で「大会関係者一丸となって準備に取り組んでいる」と強調したが、開催への道筋は不透明なままだ。

 菅義偉首相は五輪を「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証し」と位置付ける。秋までには衆院解散・総選挙もあり、「夏に五輪をやって、お祭りムードのなかで総選挙」(自民党中堅)が、今のところ政権中枢が描く政治日程とみられる。五輪の有無は政権の行方を左右しかねず、「五輪ができなければ菅首相は退陣じゃないか」(自民関係者)との見方すらある。

そうした計画は崩れつつある。菅氏が「五輪ではできる」と突き進もうと、行き詰まり感が強くなったように思う。中止の決断に至らないニッポンの優柔不断さ。これが海外から不信を買っているのではないだろうか?
思惑通りに行かないということであろう。

今週のお題「下書き放出」

今週のお題「下書き放出」

私もよく写真を掲載してるが、ブログを書いているとき、写真の貼り付けが暗号のようなものを載せてるようでいつも「暗号」を付けてることの繰り返しだと思っている。
この写真にしても実は下書きで暗号を記載してるようなものというわけです。
いさ掲載となると、1枚の写真になっている。それをうまい表現でできないが、写真にしてみると、別のようなものを感じてならないです。その暗号なものをはてなで記載できない。今週のお題「下書き放出」のお題でつい浮かんだことであります。

今週のお題「下書き放出」

過去を振り返る形で去年4月18日に書いたブログを改めて掲載する。

エセすすき、失言を吐く

志村けんさんの訃報が流れた2020年3月30日。志村けんとは無関係の芸能人・桂歌丸
職場で口を滑って、「亡くなられた桂歌丸さん」と失言を吐いたわけです。これが原因で「「笑点」の「大喜利」のメンバーのいじりもよくよく考えずに言うとつい振り回されて、くだらないことを言ってしまう」と思ったわけです。
本当に「桂歌丸さん、死んじゃった」と言った大喜利のメンバーがにくいものを感じました。また、その同じに職場で木久蔵ラーメンを「おいしい木久蔵ラーメン」と言ってしまったわけです。これで「笑点」離れが自分の中で確実に出てしまったと実感しました。

笑点」離れ

これは原因は、おじさんたちのいじりが汚いことや年々出演者が高齢化。世代交代がまだ進んでいないことなど視聴率が不調になりやすいと気がする。
結局、「笑点」も「つまらないテレビ」になって、その「つまらなさ」から抜け出せない原因と思う。林家木久扇を潔く降板や卒業させた方がいい。そういう年寄りの弊害が出てしまった表れだと思う。
楽太郎ぐらいと思う。毒舌でいじり倒しや長々した答え。ブラックユーモア。だが、楽太郎ほど強要が高すぎた人はいない。そうした教養ぶりがテレビでも逆に好かれたかもしれない。さらに「笑点」離れさせた原因は、「サンデーステーション」が夕方に進出したことも原因ではないだろうか?
そうした事実を謙虚に受け止める必要がある。

私が口を滑られた「亡くなった歌丸さん」を職場で言ったのは、みんなして人の不幸を笑い飛ばしたオトナの責任は重い。この1年あったが、こん平さんが16年の闘病の末、力尽きた。座布団運びの山田君をからかったこん平さん。「山田が首になった」と言いながら、こん平さんが病気で降板するのは、悲しい限り。
そんな冗談も通らないものと思った次第です。

今週のお題「下書き放出」

今週のお題「下書き放出」

私のブログ「エセすすきの日ごろの話題」毎日更新からこの6月7日で4年経つ。801回目がスタートであったが、800回目から900回、津が付くと、2200回目に達した。今まで書いたブログ転載してみる。

パリも厳しい?

「最近コロナ見なくなったね」という状況には最低4~5年 専門家に聞くワクチンの現状と今後」

ということは、パリ五輪も厳しいということなの?
2020年代はスポーツの祭典が大きな危機である。「アフターコロナ」の祭典は2024年ごろだろうか?

パリオリンピックも中止の危機か?

Amebaブログで書いたが、パリオリンピック東京オリンピックの成功裏のようなもので東京オリンピック成功の次のステップのオリンピックでしかない。そうした目的やがらみが入っているので、きな臭いものがあった。
だが、2024年はコロナが完全克服のオリンピック大会の証ではなく、まだ、コロナが収まっていないような気がする。かの太平洋戦争も終結までおよそ4年はかかっている。戦争終結後のオリンピックも12年間の間があった。だから、ひょっとしたら、パリオリンピックも中止になるかもしれない。

パリオリンピックも中止ありき?

だぶんパリオリンピックも中止になると思う。東京オリンピックが中止ならばパリオリンピックも中止になるのでそういう予感はある。
21世紀になって「オリンピック離れ」が深刻になり、「オリンピック=成功」の目的がなくなったような気がする。いっそオリンピックそのものを廃止して、国際大会のスポーツを行うべきである。
21世紀になって、オリンピック以外のスポーツが盛り上がってきたので、「オリンピック以外も成功できる」ということを多くの国民に訴えるといいと思う。そうしたスポーツ復興をこれからするべきではないだろうか?

と、書いたが、東京オリンピックがものの見事に中止したら、パリオリンピックも中止も起こりうることなの?
これが2021年1月に書いた話題である。ニッポンがオリンピックの中止に至らないのはニッポンの決断力のなさ、臆病さが露見してならないと思う。そう思うと情けない限りである。もっと早く決断すれば、コロナも早期に収束できたはずだ。コロナよりオリンピックを優先する無責任政治家ども。
さて、今日は新作の「今週のお題」。新作の「今週のお題」も皆さんに喜んでいけるよう、書いていきます。

今週のお題「下書き放出!」

今週のお題「下書き供養」ならぬ「今まで書いたブログ」

「エセすすきの日ごろの話題」この4月29日で9年。毎日更新続けて、この6月7日で4年になります。以前、はてなダイアリーで書いた日記をはてなブログに転載して、昨夏、すべて完了。
書いたブログを見ると自分でも書くのも変だが、たどたどしく、稚拙な文章が多過ぎと思う。私もそれを直して書いたつもりだが、まだ分かりにくさや汚さが出て、それの繰り返しであります。だが、私も毎日更新続けて4年、5年、6年、7年に向けて自分を磨いていきたいです。

今週のお題「下書き供養」ならぬ「今まで書いたブログ」

はてなブログに移行した時の私ですが、移行した時、星付けてくれる人はいないと思った。そういう人はいないと思った。だが、いつの間にか星つけてくれる人が出てきて、うれしい限りです。私も欲張らないで日々一日思うことを書いて、皆さんに喜んでいけるよう書いていきます。

過去のはてなブログを振り返る

オンバトラヴドライブ

オンバトでのラヴドライブの漫才は、オンバトサポーターによると「(漫才)外国人に間違えられる」で「外人であることの被害妄想」の言葉はどこにもなかった。これが正しいことだと思う。「外人呼ばわりされることへの被害妄想」なんてオンバトサポーターのオンバトに出たラヴドライブの漫才には出したくないものだと思った。「外国人」と「外人」はえらい違いだ。「外人」というと海外の人を侮辱する言葉なので言葉は大事だと思った。私は、ラヴドライブの漫才を何度か見たが、その時は迫力あると思った。でも、長い目で見ると不満をぶつける笑いで今一つと思った。ブレイクしにくい笑いだと思った。

エセすすき、つぶやく

ラヴドライブを生で何度も見た。たくさん見た人はそれだけラヴドライブを知っていた。でも、自分は10何回見て、今一つと思った。たくさん見たからいいと限らないと正直思った。中身が大事だ。

彼女への不満

仕事先で知り合ったりんごのほっぺの彼女。よくしてもらったのに彼女と会わなくなった途端、嫌い意識が強くなった。そういうことでブログなどのネット上で名指しで批判したら、まるでその人を悪者にするかのようで大変、不快である。いくら嫌いだからネットで批判したらいわば垂れ流しをしてるようで嫌なものである。いくらいやだから不満をネットでぶつけてもそれはしてはいけないことだ。

これがはてなブログで書いた時の最初の話題。通算1250回目の2018年8月30日の話題です。
ラヴドライブが不満をぶつけるネタで笑いを取るにせよ、聞く人が不愉快になれば、そこまでと思う。だから、人の不幸を笑い飛ばすのは「アウト」ということです。
弘瀬さんの見る目と私の見る目が違っていたのです。そう「この2人はつまらない」と。

「3.11」からの10年

「3.11」からの10年

この10年、マスコミは建設的な論調がなく、モラルのない報道が目立ったように思う。そうしたニッポンが「もっと悪くなる」というような論調が目立ったことでニッポンは衰退の一途をたどったと思う。
そして、今度のコロナ問題が最後のトドメであり、「3.11」で誤った報道や小さいに固執したニッポンの大きいツケが回ったように思う。早く「わづかの小島のぬし」のニッポンの小ささに目を覚ますよう、願ってやまない。いよいよ目を覚ます時が来た。

舛添要一twitterから

感染を予防し、経済活動を再開するためには、高齢者のみならず、若者にもワクチン接種を急ぐ必要がある。この当然のことが日本では忘れられている。まだ、医療従事者すら接種が終わっていない。いつから日本はこうも駄目になったのか。

「3.11」前からニッポンの醜い権力闘争や内輪もめが大きく、島国日本の傲慢さが大きく災いしたと思う。そして、コロナ問題で対策の遅れや急務できない状況になってしまったと思う。
無責任政治家の罪は重いものだ。創価学会はこれを追及せす、厳しくたださない。まさに悲劇に等しいものだ。

舛添要一twitterの続き

というか、バブル崩壊でニッポンが下り坂の状態が続き、転げ落ちるだけ落ちたように思う。そして、失政が続け様に起きたのだから、今度のコロナでニッポンの無為無策が露見したように思う。無策のニッポンの哀れな姿である。
創価学会よ、ニッポンが二流以下の社会に厳しく叫びきれ。