新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

765回目は落語は笑いとして否定していいかどうか?

エセすすきのおとぼけ時事放談…りぼんはひどかった!!

•765回目の「りぼん」批判
•「ちびまる子ちゃん」ひとつにしてもオチは必ずまる子が悪いと人の不幸を喜ぶ終わり方が多かった。1993年10月号や1993年11月号を読んだとき、読後感の悪さにいいものがなかったと思う。人の不幸ばかり書くとかえって読者に疎まれるので気を付けないといけない。
•「有閑倶楽部」もオチに人の不幸を喜ぶ終わり方が多かったのでいけなかったと思う。
•「ちびまる子ちゃん」不幸を喜ぶ終わり方が嫌だったね。

エセすすきのおとぼけ時事放談…まる子対ドラえもんr

•「ちびまる子ちゃん」を読む自分。子供過ぎて、大人が読むものじゃないとつくづく思う。「りぼん」しか考えられなかった自分は不幸だった。
•「ドラえもん」も子供過ぎるかと言えば、そこまでと思う。それで終わったらおしまいだ。でも、「ドラえもん」や藤子作品の良さに気が付いたのは最近である。
•「ドラえもん」もいいと思う。「ドラえもん」も秘密道具で使うが、のび太は使い方をうまく使っても下手だが、もっと下手な奴もいると。必ず伝えたいメッセージがある。使い方ひとつで間違えるとどうなるかという心理状況を伝えていくので、「ドラえもん」はいいと思う。
•私も12ぐらいまで好きだったが、20年経って「いいマンガ」と思う。面白いことに気が付いたと思う。

エセすすきのおとぼけ時事放談…最近のドラえもん

•最近のドラえもん。2005年生まれ以降の子はドラえもんは「水田わさび」しか分からないらしい。大山のぶ代を知らない世代が出てしまって、仕方がないことです。
•「大山のぶ代ドラえもん」よかったと思っても、時代の流れで今の子供は「水田わさび」のドラえもんしか分からない。問題は私が、これを馬鹿にしたことだ。
•最近、動画サイトで水田わさびドラえもんを見たが、特徴をよくつかんでいたのでなかなかよかった。
•2017年になって、のび太大原めぐみでしずかちゃんがかかずゆみスネ夫関智一ジャイアン木村昴とやっと覚えられないので12年かかりました。
•失礼ながら、のび太小原乃梨子だったと言っても分からないはず。みんな大原めぐみドラえもんを2000年生まれ前後の世代の若者は知らないので時の流れはおそろしいです。
•と、書くとドラえもんファンを傷つけるのでここまでにする。復興相の失言で引責辞任。人の不幸を喜ぶ発言はいけない。765回目に書くが、「エセすすきの日ごろの話題」も人の不幸を喜んだらいけないとここでも自分に言い聞かせたい所存です。

エセすすきのおとぼけ時事放談…男の子は少女マンガを読んではいけない

•『男の子は少女マンガを読んでいけない』。そんな法律があったら私もその法に従いたいです。でも、男の子が少女マンガを読んでもいいと思いますよ。
•「マーガレット」や「フレンド」といい少女マンガはあるはずです。ただ、「りぼん」ばかり読み過ぎた自分はそれ以外も少女マンガを読まなかった。そこがいけないのです。
•「マーガレット」を読む男の子もいいはずです。男の子が楽しめるマンガと。「りぼん」ではねぇ。
•「マーガレット」って大人っぽいマンガなんですよ。大人びた作品で。「花より男子」も男の子が読んでもいいはずです。
吉住渉が「マーガレット」で連載した作品も読んでみるといいはずです。読むとはまれるので。だから、タイトルを付けたものって、結論は荒唐無稽ですね。

エセすすきの言いたい放題…『落語は笑いじゃない』こそ否定しろ!

•自分の中で恥ずかしいのは「落語」を軽視した自分である。これが一番恥ずかしいものだ。
•日本は古典文学を読まなくても、同じ古典の落語を聴く(か見る)人は多い。「落語こそ笑い」という人は多いはずだ。だが、今まで、特にオンバトで笑いにはまって16年もの間、落語を「どうでもいいですよ」で片づけてしまったので、そういう軽視した自分が恥ずかしくなった。落語を笑いとして認めない自分が恥ずかしくなった。
•言い換えると、『マンガは読書じゃない』という考えがある。じゃ、『マンガは読みものじゃないのはなぜか』がそれが知りたい。私は、マンガは娯楽と思う。マンガがあって、アニメや何やら生まれるのでマンガは立派な娯楽と思う。
•ただ、『落語は笑いじゃない』考えの自分も最近まで悲しくなった。

エセすすきの言いたい放題…『落語は笑いじゃない』こそ否定しろ!のその2 07:45CommentsAdd Star

•そういえばだが、昨年3月、サンシャイン劇場で東京グランド花月開催。私は吉本の笑いを堪能しろと行った。ところがだ。初日に月亭八方師匠の落語を見て、「これはすごい」と思った。
•一流の芸人。落語家の笑いに「これは」とうなされて、今までテレビでしか見たことのない月亭八方師匠に自分もうならせるものがあった。見終えたときに何か感動を持って帰ったので、すごかった。
•昨秋、同じ東京グランド花月でテレビで見ていた桂文珍師匠の落語を生で見たときも迫力があった。だから、『落語は笑いじゃない』はおかしいし、荒唐無稽である。
•だから、『落語は笑いじゃない』は荒唐無稽で考えを通した自分が恥ずかしくなった。
•影響はあった。ナベアツさん。ナベアツの落語は新鮮で面白かった。これが面白いというまで見ていきたい。間違った考えを今考え直すのもチャンスである。
•『落語も笑いである』これが素晴らしいというまで見るしかないです。間違った考えを直すのもひとつのいい薬になるので。
•ということで765回目の結論…『落語は笑いの文化』『落語こそ価値の笑い』それが今、正しく、そのスタートを切ったということです。

さぁ、766回目は… 07:45CommentsAdd Star

•766回目のバンバン書くぞ、「りぼん」にはまった自分に喝をと。それを書きます。

767回目の予告 07:45CommentsAdd Star

•16か月の記憶を書いたが、ここでその前後を書いてみる。2011年1月からの8か月の自分と2013年1月からの1年間の自分をこれを書いてみる。
•3月に書いた、これから書きたいことが違うことを書いてる自分。おかしいですね。764回目にして気が付くこと。さて、「必ず書きます」を「いつか」じゃいけないですね。