新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

780回目の日ごろの話題

離れさせるもの

  • 『自分も今気持ちを離れさせていくものがあり、気持ちが離れていけばいくほど昔の思慕もすべてなくなった。
  • 原因は私の傷が深かったことや信頼関係を失ったことで「もう行く気はない」思いとあると思う。自分が取り返しのつかないことをすると自分に返っていくのではと思うのです。』
  • →(昨日、そういうことを書いたが、2012年9月に今までいたところを自分の暴力を振るったせいですべてを失った。今、そこへ行くつもりもなくなり、完全に離れていった。原因は上司の性格。性格が今一つのため、好くものがなかったから。それでまた行く気もなく、自分にはまた会いたい気もなくなったのです。そこでの信頼関係を私ひとりのせいで失った。失ったから自分の心もその人たちの私のことを歓迎してくれない気持ちがだんだん分かってきた。それが分かると自分も「2度と行きたくない」思いがあった。自分の気持ちを本当に分かってくれる。そういう人こそ自分は信頼が生まれると思うのだ。)
  • (「2度と行きたくない」「もう行くまい」―――それが出てる以上、自分はもう嫌ということだ)

名指しでの批判

  • (私も3月28日に書いた方みたいにツイッターで名指しで批判はしたくない。2010年夏ごろ、当時24歳の男性のせいで自分がそこへの不満が出てしまい、嫉妬深くなったのは事実。キライゆえの妬みがあったと思う。だから、イヤだったのだ。彼は無口で寡黙な人でいい人だった。性格はおとなしかった。しかし、その彼に対する妬みが自分の不満として現れたと思う。男ほど憎く、かわいく、美しく、きらびやかで何か底知れないものが生まれる。男ほどどこか気になるものがあるのだ。そんな人に私はツイッターで名指しで批判したくない。だから、名指しで自分の友達・知人を批判したらいけないのだ。780回目でまた改めの思いで書く自分の決意だ。)

ANKEN氏への逆恨みを吐くエセすすき

  • 最近の自分のトラブルでふとオンバトサポーターでアクセス拒否された自分の過去を思い出す。今までの自分は反省の色がなく、反省しても懲りない。わがまま。錯覚と思い上がりが強かった。強いからトラブルになりやすかったと思うのだ。今同じトラブルを反省もなく懲りもなく、やって、あのときの教訓が生かされなかったにせよ。そこでどうするかだ。そこで反省をしなければいけないと思うのだ。反省はそこでやって次に生かす。そこでどう生かすかが大切だ。エセすすきの36を前にしての危機に自分は過去の自分がなぜ至らなかったか、見つめ直したい。

イケメンに対するコラム…イケメンは見た目では食べていけない

  • またここでエロメンに対するガス抜き。「もっとたくましげにやります」messyで本物の美少年と通してもそこだけで食べていけないと思う。食べていけないのだ。ソフトオンデマンドのイケメン社員のH君。器用で華がある。彼にはチャレンジ精神や好奇心旺盛と人間の持ってる個性をいかんなく発揮できないと思うのだ。できないから好かれないのだ。いくら顔がきれいで華があってもそれではやれないと思う。だから、自分の持ってる武器をいかんなく発揮できないとアダルトな世界ではやっていけないのだ。
  • アダルトビデオの宿命は裸にされて、カメラの前で脱がされる。脱がされた時に自分がどこまでできるか。どこまでやれるかだ。カメラの前でセックスをやるイケメンほど美女より不幸なものはないと思うのだ。

イケメンに対するコラム…消えやすい所の中で

  • イケメンのAV男優。アイドルゆえに消えやすいとその宿命に翻弄されてると思う。そこでしぶとく強く生き残れるか。本当に少ないと思う。男性AVのAV男優にある憎々しさ、悪さ、イヤなところを自分の個性や武器で嫌な奴ほどやっていく根性をイケメンの男優も持たなくてはいけない。「しぶとさ」がないとやれないと思うのだ。そういう人が少なく、見た目のきれいさでは厳しいと思うのだ。
  • アイドルにははかなく蛍火のように消えて、露のようにはかない所である。イケメン男優は、そこでもまれて強くなることを求めたい。私もただ書いてもいけない。直接書かないといけないのだ。直談判のつもりで書くつもりだ。

最後に、780回目と言えば

  • 吉住渉ママレード・ボーイ」第6巻りぼんマスコットコミックスで発刊されたのが第780回目。1995年2月だった。光希がバイト先で出会った少年。その少年が光希に引かれたことで思いもよらぬ行き違いが。そして、悟史の影響で書いた小説で茗子は文芸誌に掲載。喜びが大きい中、彼女に思いが断ち切れなかった。という内容である。
  • 「りぼん」においての最後の大人の楽しめる作品だった。それ前後はそうじゃなかったのだ。
  • 今、自分もりぼんマスコットコミックス1995年ごろに発刊された作品と同じ回数で書いている。