新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

1258(1262)回目の日ごろの話題

大石寺

昨日の続きになるが、第2次宗門問題が1991年に勃発。これが宗門と学会の問題が1992年にも続いていたら、宗門は学会に牙を剥き、学会の切り崩しに躍起になっていたと思う。だから、正本堂落慶20年の大法要のことは甘い考えに過ぎなかった。宗門は学会に執拗に妨害を企てようとした。日顕は、学会を無き者にしようと躍起になった。そして、学会は、宗門をこれ以上かばえなくなった、と思う。宗門が学会切り崩しの発端(いわゆる引き金)は、創価学会60周年を迎えた池田名誉会長のスピーチだった。宗門は難癖をつけるためにその謝罪要求を出した。宗門の謀略はここから始まった。1991年の宗門が学会の解散要求書提出で学会は、宗門の権威に従えず、これ以上、黙って居たらいけなかった。だから、あれは、宗門の権威から解放されたのだ。

1992年と学会

1992年は、学会が宗門への反転攻勢。いよいよ声張り上げて宗門の間違った権威をただした年だった。創価学会がいよいよ開かれた宗教として大きく飛躍した年だったと思うのだ。宗門は間違った信心として宗門に付いた人間を一人でも多く、救済(いわゆる法華講に付いた人間を脱講させる)に力を入れたと思う。1992年は大きな節目の年だった。一方、日顕は、1992年。当時立宗740年という節目にこれより30年近く前の不祥事が暴露された。立宗740年の節目に一大汚点を残した。これまで過去の歴代法主が悪事で暴かれたのは誰が居ようか。日顕は当時70を前にして「恥さらしの法主」の汚名を残した。その宗門に誰が付いていこうと居るのか。いたらごくわずか人間にすぎないのだ。日顕に毒された自分であるが、最近は、日顕がいかに卑劣で愚かか分かったような気がする。あと一歩で日顕に騙されるところだったと思うのだ。

テレビか仕事か

去年の今ごろ、無職だったころ、ネットに明け暮れて、リフレッシュのためにテレビを見てたと思う。テレビを見るのが唯一慰めと思った。気持ちに余裕を出そうと思って試したが、テレビを見てると楽しかった気がする。しかし、今、仕事についていると、仕事が生きがいになって、仕事することは楽しいと思ったのだ。だから、この1年近く、仕事のない日々はいわば抜け殻のような生活だったと思う。テレビを見てた自分とは大違いと思った。だから、自分は「仕事人間だったのでは」と思うのだ。今も不安はあるが、そうした不安には果敢に挑戦していくしかないと思うのだ。