新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

サワダヒロタが書くオンバトサポーター・ANKENへの復讐のブログ

けうけげんへ告ぐ、サワダヒロタがオンバトサポーターでライブレポを投稿した過去

けうけげんに告ぐが、オンバトサポーターのANKENさん。私がアク禁(アクセス禁止)を起こしていく。そんなアク禁を起こす私(ことサワダヒロタ)の大嫌いだったのは、本当。そんな大嫌いな私と縁を切って、オンバトサポーターからかかわりのない人間でいてほしかったのはANKENさんの本心だった。
だから、オンバトサポーターに今まで私(ことサワダヒロタ)が投稿したレポを簡単に削除できた。ANKENさんは、私という人をオンバトサポーターのライブレポを抹消していくことで自分(=ANKEN)は「せいせいした」と思っていた。そうすることで私(ことサワダヒロタ)が「これで投稿できなくなる」ことを望もうとした。サワダヒロタがいなくなることを望み、それを喜ぼうとしていたのだ。それぐらいANKENさんは、私のことを嫌っていた。本当は私のこと「大嫌い」だった。
オンバトサポーターでライブレポを投稿することを快く思っていなかった。快く思っていないから、ああいうことができたのだ。だが、ANKENさんにライブレポを消去されて、「オンバトサポーターで書くことができなくなった」サワダヒロタは、笑いに対する「熱」が今もある。笑いがあって自分があることに気が付いた。ANKENさんが笑いそのものを大嫌いであっても私は笑いが好きである。笑いがあるから生きていられる(サワダヒロタ)ということを思った。オンバトサポーターにライブレポを消去されたから自分は笑いへの愛がさらに強くなったと自分では思っているのだ。
さて、自分が「寄席」に行きたかったことについてだが、オンバトサポーターのライブレポで書いたのは本当。さらに書くと、私が2004年7月、ルミネに行った際に、自分のこれからの目標を最後に書いた。「寄席」に行くことや「落語」を見ること。
私は、それを書いたのはいいが、恥ずかしさが先に立って、それを読むのは、まともに読めなかった。そのレポを読み返すことはできなかった。でも、自分が目標だった「寄席」に行くことを今年できた。「寄席」を見ることで新たな笑いを勉強できることを知った。自分の夢を自分でつかんだ喜びでいっぱいである。あのとき書いたライブレポを自分は書けて良かった。それは目標を立てる自分が当時あったことを実感した。
ANKENさんにはそういうことを分かってくれません。私の目標など分かってもらえません。相手にしてくれません。だけど、相手にされなかったけど、自分は自分で小さい努力を自分でしたわけです。ANKENさんがどう思っていようが自分は自分で笑いをたくさん見ました。今、「笑いを見ても元気になれない」今、その自分で作った壁を破る。その努力をします。
けうけげんに言いますが、ANKENさんは、私のことが大嫌いだった。だから、オンバトサポーターでライブレポを投稿した「サワダヒロタ」のレポをいとも簡単に削除ができた。「アク禁」の私には冷たくされ続けた。私がライブレポに投稿してもらうのがイヤだった。それが本心だった。だけど、自分は、ANKENさんにどうされようと「笑いを生で見る」のが好きな「サワダヒロタ」のわけです。

Youtubeオンバト

最近、Youtubeで投稿される爆笑オンエアバトルが流れている。
Youtubeでのオンバト。正直見たいと思わない。見ようと気がしない。オンバトの熱が醒めて、興味を持つものがなくなったと思う。1度熱が醒めると、「もういい」と思うものだから、「熱しやすく冷めやすい」のはあるものだと思った次第である。
というか、今年ぐらいになって、

「笑いは、オンバト以外も面白いものがある」

そこに気が付くと、笑いの面白さはさらに広がるので、笑いの面白さは無限に出るものだと思った次第である。

オンバトの在り方

やっぱり「オンバト20年SP」で完全に自分の思っていたオンバトと世間のオンバトに違いがあったと思えてならない。そういう違いやズレが生じたため、自分で「オンバトとは縁を切る」と思った。
「縁を切る」というと、言い方が悪いが、オンバトのあるべきものは違っていたので、別の笑いに対する見方が変わったと思う。「オンバトが全て」と思った自分に大きな間違いが生まれたと自分では思う。そこに気が付くと、見方がさらに違っていくものと自分では思った。
オンバト20年SP」は、オンバトの大きな間違いを犯したと思う。犯したから「オンバトに対する」幻滅を自分で生まれたと思う。

宮迫の記者会見

やったそうである。でも、宮迫博之の記者会見で何を言おうと、吉本の笑いをこれからも見る。

吉本興業は笑いの雄である」

それを信じる限り、吉本の笑いをたくさん見る。