新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

「頭おかしい」その言葉自体がおかしい

日顕永眠」これで思ったこと

日顕、2019年9月20日に永眠。創価学会に謀略を企てた法主日蓮大聖人の御遺命に違背し、創価学会池田大作名誉会長が僧俗和合のために力を尽くした。それを断ち切った悪名の法主。しかし、あの世でどう処罰受けようが、日顕は、この世にいない。
創価学会にいる私が書くのも何だが、この際、哀悼の言葉を書く

日顕が永眠されたことを心からご冥福を祈ります。そして、お悔やみを申し上げます」

本当に今自分はその一言しか書けないことを実感した。
日顕の永眠にいろいろ思ったが、1998年の聖教新聞寸鉄日顕の糾弾。学会寄進の大石寺正本堂日顕の手で全部取り壊した。そして、その跡かたはがれきの山と化した。その正本堂の取り壊ししてるさなか、日顕自らが病気で倒れたというニュースがあった。しかし、手術しても手の施しようがなかった。このころから日顕は、仏罰の日々だったのだろうか?
いや、日顕の仏罰の日々は、「C作戦」決行する以前から仏罰沁みる日々だった。このころから罰が本番だったと思う。そして、「続・天魔がゆく」のナレーションであったが、「日顕に陰り出た自ら掘った穴に自ら落ちた」のは、1991年半ばからだった。そして、気がつくと、最後の27,8年間は、ひたすら自滅の坂を落ち続けた人生だった。
また、この28年もの間、日顕は、いや、宗門は、一部政治家を利用して、「四月会」を結成。創価学会を無き者にしようとした。また、信平夫婦が週刊誌記事で「池田大作からレイプされた」というデマ記事を掲載など攻撃した。しかし、それでもなお、衰亡した。そして、宗門は、「歓喜のない宗教」と化して、かつてのように宗門が脱会者と結託して、その情報に惑わされて、創価学会に脱会者がいた。また、宗門(である法華講)に帰依した人もいる。しかし、宗門はすべてに「死の宗教」と化したため、功徳のない日々を送り、また、学会へ戻った人もいる。そうさせてしまったのもすべて日顕の一凶である。つまり、およそ30年で日顕は何もかも失った日々を過ごし、自ら晩節をけがした。そう書くしかないのだ。
日顕の死。これで日顕は、最後の30年近く、何もかも失い、汚名だけ残ったということだ。
創価学会は、1978年ごろからの4年間を「第一次宗門問題」と呼ばれている。宗門が脱会者と結託して、学会攻撃をして、お寺では坊主の学会のデマを流して、学会員をたぶらかせ、動揺を図ろうとした。池田大作は、その矢面に立ち、学会員たちを守った。この時期、宗門の法主・日達上人が持病の悪化により、急死。その後任に日顕だった。日顕法主に就いた時、学会の攻撃はさらに拡大した。そして、10数年後、「第二次宗門問題」が勃発。宗門は、学会に問答無用で切り捨てた。が、1984年から1987年ごろ、宗門はどうだったのだろう?
「第一次宗門問題」が沈静化した1984年から1987年は、宗門と学会は、平穏な状態だった。でも、法主は、日顕であったため、何も変わらなかった。だから、「第二次宗門問題」で宗門は、学会に牙を剥き、切るだけ切った。学会が宗門に抗議書を提出して、その和解を話し合いで解決しようとしても、宗門は応じなかった。そして、宗門は、最後に学会に破門。宗門は、創価学会とは無関係の団体であることを通告した。表向きでは「絶縁」ということだ。
だから、結局、「第二次宗門問題」は、「第一次宗門問題」と同じ宗門の本質は変わらなかった。法主が変わったら、その僧侶も学会批判を展開しただけで学会を妬む僧侶を作ってしまった。これも日顕が犯した罪である。こうした罪は、消えることはできない。
しかし、日顕の死で思った。法主に就いてからの40年間、日顕は、「オレが偉い」と思い上がり、いつしか天狗になったゆえに自分の頭の中がおかしくなった。法主になった時点で「頭がおかしい」人間になった。さて、これで思ったが、「頭がおかしい」は、2003年2月にアク禁だった自分が掲示板に書き込んだ。そのことである人から馬鹿にされた言葉であろうか?
果たしてそれで自分は16年信じ込んだ。その信じ込んだ自分は、そのことで「それは違う」と思った。日顕の死でその言葉が浮かんだ。

2003年2月の私が書き込んだレスの「頭おかしい」暴言

オンバトサポーターでアク禁になった自分。2003年2月にANKENからの私の通告で「掲示板書き込み禁止」となった。その際、私のアク禁に際して、オンバトサポーター内から私のアク禁で署名の書き込みがあった。その際の書き込みがあった番号が「2302」であった。
通告を受けた自分は、本来なら素直に応じないといけなかった。ところが、数日後、NHK放送50周年記念番組が放送された。その際、鈴木健二がゲスト出演。「クイズ面白ゼミナール」の再現をした。私は、その放送を見た。その時に、クイズの問題で当時の流行ファッションの紹介で三拍子の高倉陵太陽族の服装で登場した。それを私は、オンバトサポーターで書き込みをした。で、そんな私の書き込みにある人から「頭おかしい」という暴言のレスを付けられた。
私がまた来るのは、当時のオンバトサポーター住人は、本当に不愉快だった。だから、ああいうことを書いて、私に暴言の書き込みをして、すっきりするかと言えば、実は、その人が「あいつに嫌なことを書かないと気が済まない」というバカなことしか考えられないのだ。だから、ああいう暴言を平気で書けた。そういうことを書いた人が私のレスを見て、紛動されて、「暴言を書かないと気が済まない」という気持ちになった。ある人のネットの言葉の暴力を改めて実感した。
私がいけない点はある。だが、オンバトサポーターは、私が来たせいで「掲示板」荒らしが続いてしまった。私のせいで私が書かなくなってからも続いたが、16年も掲示板荒らしがひどかった。私もそこの掲示板に何度か見た。アク禁になってもまだ性懲りもなく来て、書き込んだ人もいる。そういう「おかしい」人がいる。私が「ファンサイトのアク禁」だから「頭おかしい」というのは実は「それ自体がおかしい」と思った。
そういうネットの中の言葉の暴力が15年近く前からあったことを実感した。「オンバトちっく」というファンサイトがあった。掲示板荒らしが2002年ごろあった。あの「荒らし」でみんなおかしかった。そういう人をどう思うのかを私はオンバトサポーターの元住人に厳しく書いて、考えてほしい。

「私をバカにした人間は、よその人を分からないのか」

と書きたい。

私のアク禁署名事件、その後の悲劇

私のオンバトサポーターのアク禁署名事件から6年後、月1放送になった爆笑オンエアバトル。ネット上で「毎週放送」の署名が起きた。
だが、オンバトがリニューアル放送して、「毎週放送」は復活した。しかし、実際は、「爆笑オンエアバトル」が終了。その「オンバト」がまた「毎週放送」の復活ができなかった。みんなの大好きな「オンバト」が毎週放送の再開できなかった。
私のオンバトサポーターのアク禁署名には、ANKENがそれに応じて、それに従った。だが、オンバトの放送の「毎週放送」の署名でNHKも動かすことができなかった。

「では、あなた方は、オンバトを大事にしなかったのか?」
オンバトが20年も続き、毎週やってほしい思いをどうして持たなかったのか」

と怒りたい。

「このふうけもん(大馬鹿者)たちが」

私は、オンバトを好きな気持ちがあった。これまで楽しみにした。でも、熱が醒めて、見るのをやめた。やめたけど、また見た。でも、「面白くないお笑い番組」になった。こんな悲しい気持ちになった。しかし、オンバトを大事する気持ち、ファンにはあったことや身勝手な気持ちがどこかにあったと思うと怒りたいものだ。
そういう大事にする心がみんなにあったかと怒りたい。また、署名を私がオンバトサポーターでアク禁に際して、使った。そういうことをした大人は、肝心な時に使わなかったことで怒りたい。そうした大人の身勝手さに私は怒りたいものだ。
オンバトファンにも「身勝手な大人」がいると思うと、怒りたいです。これが本当の「怒り新党」です。

オンバトサポーターの住人への大通告・・・私よりひどかった日顕法主

この際、オンバトサポーターの元住人に厳しいお叱りを私はしたい。

日蓮正宗日顕法主は、日蓮正宗法主として本来、仏教者としてその発展に尽力しないといけなかった。だが、宗教団体の創価学会を攻撃した。さらに、坊さんも坊さんで創価学会に暴言を吐くだけ吐いた。私よりひどいことをたくさん繰り返した。
さらに、創価学会を貶めを図り、宗教団体を無き者にしようとした。その宗教団体が抗議文を出しても応じなかった日蓮正宗。最後の最後の切り札創価学会という宗教団体に「解散勧告」や「破門通告」を出した。全部、日顕法主の責任である。だから、創価学会は、怒り、そして、日顕法主の退座の署名が起きた。悪事をたくさん繰り返した日顕法主が全部悪い。仏教者としてたくさんの悪いことを繰り返した日顕法主は、退座署名した。
それは、悪事を繰り返した日顕法主は、創価学会に反感をたくさん買ったがゆえの災いで創価学会の会員全員の怒りだった。私よりひどいことを日顕法主を何も思わないのか?
オンバトサポーターの無責任な住人たちは、私よりひどいことをした日顕法主の悪さを知りなさい。そんなことも知らないでいる住人。
「私より日顕法主が悪いことをたくさんした。ちゃんと知りなさい。今度だけは、私から厳しく、みなさんに怒鳴ります。署名した住人もその恥ずかしさをちゃんと知りなさい」

私より悪事をたくさん犯した日顕を許していいか?
この際、「悪」は、「一番ひどい人のほうこそひどい」だから、その本当の悪に本気で立ち向かうのが、本当の勇気である。実際にやった私の「あの」アク禁署名は、遊びでしかやってない気がする。そういう軽はずみなことをした人間は、「悪」は、遊びでやることではことを書きたい。そういうところに悪は知らないうちにはびこっていくと書きたい。だから、私がしつこく来たため、「オンバトサポーター」をダメにしたと書きたい。汚染にまみれた「オンバトサポーター」言っていないということを書きたい。
「続・天魔がゆく」をYoutubeで見たが、破門通告で両者絶縁。その際の宗門の藤本日潤総監は、冷酷で創価学会の破門に冷血さが極まりなかった。一方の創価学会秋谷栄之助会長がどれだけのお怒りや「日顕法主の招いた責任」とその声に力が入っていたか。
それを思うと双方がどう思っているかが分かる。本当に「悪」は、黙って放置すれば、必ず蔓延する。そういうことをこれから知っておくべき点である。

日顕の死に際して、浮かんだ御書の一節

日顕がこの世を去った今、日顕が仏教者の使命を忘れて、仏教者としての生き方をできなかった。つまり仏教者としてエゴな生き方をしたことを痛感。また、その日顕がこの世を去った今、日顕の犯した悪を自分たちはこれからも許してはいけないことを痛感した。さらに、「悪」を「悪」と見抜き、本当で立ち向かってこそ勝つものと実感した。日顕はいわば反面教師のようなものを感じた。
そして、日顕がこの世を去ったとき、日蓮大聖人の遺訓の御書の一節が浮かんだ。

「そもそも仏法というものは、勝負を第一として、王法というものは賞罰を根本としている」

これは現代文で書いたが、「仏法は勝負」ということを改めて実感した。どの宗教を信ずるかで人間の生き方は決まってしまうことを痛感した。そして、どの宗教を信じたかで人間の幸不幸は決まることも痛感した。
日顕宗」と呼ばれてる日蓮正宗宗門。もしこの宗教を私が信じたらどんな生き方をしたのだろう。そして、どんな逆境に立ち向かう勇気は果たしてできたのだろうかと思う。日蓮仏法の教えをそのまま貫く創価学会は、どんな逆境にも立ち向かい、困難を乗り越える勇気がそこにあったと改めて実感した。
日顕があの世へ逝った今、その「仏法は勝負」ということを実感した。「百二十歳まで生きて汚名を残して死んでいくより、生きて一日でも名前を上げて生きることこそ大切である」という日蓮大聖人の遺訓の御書の言葉がある。(この言葉も現代文)
日顕は、汚名を残して生きた法主ということを実感した。さて、数年前、勲章を受章した今は亡き女優を批判した私。どっちが本当に素晴らしい生き方をしたのかを私はこれから自分で考えたい。