新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

日顕の訃報で思った自分の信心の甘さ(2019年10月12日に書いたのを今日掲載)

(2019年10月12日に掲載予定だった話題を今日、掲載)

日顕法主は仏教界に汚点を残した僧侶だった。

1998年秋、聖教新聞寸鉄であったが、宗門の日顕について、「当代きっての最低坊主か」と他仏教からも笑いものにされた。
創価学会日顕について厳しく糾弾した。しかし、私に書かせると、創価学会がどうこうより仏教者として「一大汚点を残した」僧侶である。自分勝手で好き放題を繰り返して、僧侶として優れた言葉を一言も言えなかった日顕。誰からも尊敬されないまま「とわの眠り」についた。
日顕は、日達上人から「自分は相承受けた」と自己申告して、まんまと登座した。日達上人が亡くなった際、相承を受けた者はいなかった。「自分は法主の座をここでつかまない」と思い、首尾よく手に入れた。そして、法主になってから日顕は尊大になり、大威張りになってきた。日顕は、自己顕示欲が強く、法主になる前から凶暴性が多く、なりふり構わず、暴力を振るい、身勝手な振る舞いが強くなった。法主になれば、さらにひどくなった。
そして、「日蓮正宗」という仏教団体を濁流と化した。これは日顕の一凶である。仏教者として最低な行動を起こして、他教からも相手にされなくなった。これが世の中で日顕は世間から尊敬されなかったということだ。日顕は、「仏教者として一大汚点を残した」そして「見放されてこの世を去った」ということだ。日顕の哀れな末路をたどったのは、宗門が創価学会を破門したあたりだと思う。そのことから日顕は、恥さらしの人生を送った。いや、晩節を自ら汚し続けてしまった。
聖教新聞寸鉄にあったが、日顕法主は、恥さらしの歴史の後世に残した。そして、その汚点を自らもみ消せず、罪と罰は、永遠に残ったということだ。
今日は、本当なら大石寺正本堂落慶から満47年を迎えるはずだった。この前も思ったが、正本堂落慶した時、創価学会員の誰もが参詣に訪れて、お題目できるか喜びがひとしおだった。それは、落慶から20年、30年経ってもみんな行くものと思った。みんな登山へ行く楽しみがあった。しかし、創価学会の団体登山を日顕や宗門が取りやめになった。正本堂の参詣も19年も満たないまま、終わった。このことで当時の学会員は、どれだけ悔しかったのだろう。その正本堂は、今はない。
私は、その跡地の奉安堂に行きたくない。かつてのような正本堂の素晴らしさがないので、いくら日顕自慢の建物も誰も行きたくない。これが誰もが思っていることだ。これは日顕正本堂破壊したゆえに大きな災いをもたらしたものだ。
日顕法主の「仏教界きっての最低な僧侶」は永遠に消えることはない。

日顕、訃報のあと

聖教新聞は、創価学会幹部がインド、タイへ訪問。また、「新・人間革命」を学ぶ記事や体験談の記事などがあった。今まで何かにつけて「日顕の悪を攻め抜け」「日顕の悪を許すな」の記事ばかりこだわった自分は、そういうものに求めていたことに深い反省をした。
聖教新聞の座談会でも「日顕」の「に」の字も出ない。また、その亡くなった際のことについて、その座談会で取り上げていない。学会員がこれから学会活動する中で「どう生きるべきか」そのために新聞の役目がある。脱会者や仏敵のことは、聖教新聞で取り上げても「正邪」は歴然としてるので、「これから、学会員がどう生きるか」「信心で何を得るべきか」そのヒントとなる記事がある。自分が聖教新聞というものを「日顕の話」だけこだわり、求めた自分が恥ずかしくなった。
「つまらないことに求めた自分」これが恥ずかしくなった。それだけを記事で載せたかった自分の考えがいい加減だったことを痛感した。悪人の話ばかり求めていくと自分がバカになる。そういうことを思った。
日顕の訃報でそればかり求めてきた自分のいい加減さ、信心するうえで「何を得れば大事」か「悪人のことを考えれば自分が損するだけ」と思った。「寸鉄だけでも」と思った自分も今度だけはそれでご満悦したい自分も恥ずかしくなった。だから、自分も学会員としてまじめに生きるか大事だと思った。「悪にはたぶらかされないために生きるのも大事」と思った。
日顕の訃報で信心する甘さが出たと痛感した。これを反省材料に日々また精進をしたい。

ところでだが(2019年10月19日記す)

日顕永眠で思ったが、日顕永眠で法華講の脱講運動はこれで終わりではない。
日顕永眠後も「法華講は誤った宗教団体」ということを気付く人はいる。また、法華講にいる人はいる。そこで信心を積んでも幸せになれない人はいる。そういうことはある。
日顕永眠後も宗門は「濁流の宗教」であり、日顕に毒された邪宗門である。その一凶を止めてはいけない。止めれば悪は栄える。だから、法華講の脱講運動は大事である。
法華講脱講して学会に戻った人が学会で信心の福運を積み直して、また、信心の功徳を得た人はいる。それが15年から25年以上いるはず。そういうことを知ってほしい。
だから、日顕永眠は、「創価学会法華講脱講運動」の終わりではない。引き続き、「推進していくべき」運動だ。