新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

自分を見つめる時間

自分を見つめる時間

東日本大震災から満9年経った今日。2011年の自分を振り返りたいと思います。
私が2011年当時だが、「笑いが全て」と思っていたので、「笑いで乗り越える」と思って、お笑いライブを9ヶ月見た。「笑いが全て」と思っていたわけです。
ところが、この考えが2019年11月頃から考えが崩壊した。それらの考えが「おかしい」と思ったため、考え方がまるっきり変わりました。

「世の中はお笑い以外もいいものがある」

そう考えると、

「この世は笑いだけいい」

と思った自分がいかに「考えが浅かった」思い知らされる日々となりました。
私は、2月頃から「お笑いライブに行くことを控える」1ヶ月ほど控えようと決めていました。また、この前の10連休(つまり去年の4月27日から5月6日)は、出かけたのはいいが、「仕事で頭のいっぱい」の自分だったので、今年の4月27日から5月6日は、お笑いに行くことは「自粛(=お休み)」をすでに決めました。
「笑いだけ見てる自分を冷静に考え直したい」ことや「これからの自分を見つめ直す」ためにここでしっかり反省して、「笑い以外の面白さ」をこれから「見よう」と思っているわけです。
やっぱり2011年3月の時、「3.11」のときは、「自分には笑いがあるから乗り越えられる」と思ったかもしれません。そう思った自分が今ごろになって甘かったと思います。そういう甘さが今ようやく気付いたわけです。

自分を見つめる時間(のつづき)

今は、その「お笑いライブに行った自分を」反省する時間と思っています。
そうして自分でしっかり反省する時間なのです。「お笑いだけいい」と思った自分が考え方が狭いことや「それ以外のことを見る」心を培うことができなかったので、そうして自分がこれから「どうしたらいいか」考えながら、しっかりここから「新しいもの見る」気持ちを「これから持っていきます」
そのため、今はこれからの自分や今までの「お笑いだけでいい」の生きた自分を考え直して、これからの「生」で見る楽しみを考えていきます。振り返る時間ということです。
「3.11」のとき、自分は「笑いあれば生きていける」これが今、8年か9年で崩壊してるというわけです。自分の考えはもろく崩壊してるということです。

「3.11」

「3.11」に関してだが、2019年ごろから「これが大きな災害であった」という考えが「おかしい」と思った。
2018年にも「西日本豪雨」や「大阪北部地震」。また、2019年の「台風15号」や「台風19号」と自然災害が後を絶たない中、「災害はいつやってくるか分からない」ということに気づいた。そうすると、「3.11」での考えは「大きな間違い」をしてるかと思う。これで日本人の考えが小さくなってしまったような気がする。
そして、今度のコロナウィルス問題で「3.11」以上の社会が大揺れになっている。日本人は、「3.11」で「災害のすべて」の思い、社会に不安をあおったことに猛省すべきです。そして、「災害はいつ何時も来る」ことを改めて、考えるべきである。

「3.11」以外の話題ではてなを振り返る

「のど元過ぎれば有馬稲子」の話題(2019年5月1日のブログを転載。ただし一部修正)

  • 職場でガレッジセールのゴリに似てる青年のことでその職場の女性は、一番言いたかったのは「思ったことを口にしたらいけない」ということだ。
  • これで思い出したのが「私の履歴書」を基に単行本化された「のど元過ぎれば有馬稲子」である。単行本化された際、有馬稲子は、こんなコメントを出した。
  • 『はっきり意思表示するべき時にできないときに後になって悔やむ(略)まったく反省がなくて何度も同じ過ちを繰り返す』
  • これは今思うと有馬稲子は失敗に失敗を重ねたうえで言える人生の教訓かもしれない。また、有馬稲子も女優として不器用だったと思う。不器用過ぎたからこうした言葉が出たと思うのだ。
  • 本当に完璧にできなかった人は人間として魅力があると思う。完璧にできない人は大成しない。残念ながら今の俳優や女優は、不器用な人はいないか少なくなり、今はお笑いの世界が不器用な人が多くなったと思う。完璧にできない芸人が多くなった。
  • 芸人の人が器用にこなすことができず、一生懸命、やっても不器用さが出てしまう。そうした人が多くなったと思う。気持ちを鍛えるチカラが笑いには持っていると思うのだ。
  • こんなことも書きたくないが、AV業界は今や不器用な人が多くなってしまい、完璧にできない人が多くなってしまった。月野帯人は「不器用なイケメンAV男優」であって、何回やっても完璧にできないセックスが多くなってしまった。自分が「セックスはうまいです」と一生懸命、頑張っても自分の下手さが出てしまい、そういう下手が逆にうまくカバーされたと思うのだ。
  • 今はゲスな世界のAVの人が不器用な人が多くなった。セックスの演技しかできないとやっぱり見るものはそう見えてしまうのだろう。だが、今のまともな芸能界には不器用な人は少なくなったので今は寂しいことかもしれない。
  • 例の私の職場でゴリに似てる青年のことで余計なことを考えてしまったかもしれない。
  • 続きになってしまうが、今のAV男優は、大半は不器用な人が多くなった。「AV男優が不器用になった」一番の原因は、セックスの演技しかできないため、何度やってもセックスしか演じられない。そうしたところからAV男優は、不器用な人が多くなったと思う。
  • たぶん「不器用なエロメン」「不器用なイケメンAV男優」の元祖は月野帯人かもしれない。月野帯人は、元ゲイモデルであったため、ゲイセックスで自分を磨いたのでそれがエロメンでも自分の下手さを丸出しになった気がするのだ。有馬芳彦は、その次のような存在かもしれない。
  • たぶん私だけ、有馬芳彦を「不器用なエロメン」と思っていないかもしれない。有馬芳彦は、「切な系エロメン」「演技派エロメン」と異名を持つ。でも、有馬芳彦は、セックスの演技が下手で何度やっても下手である。下手な原因は、セックスの演技をやるより俳優として意識が強いのではと思う。演技で自分を磨くあまり、演技力で自分を高めていくと、セックスの演技の下手になって、下手な演技になっていく。でも、そこをうまくカバーしてるから自分をうまくカバーしていく努力を有馬芳彦はしてるのかもしれない。
  • AV男優としては完璧にできない。でも、完璧なのは、自分の顔である。その美顔が有馬芳彦の武器かもしれない。だから、自分は、有馬芳彦を「下手な演技しかできない」ことや「完璧にできない」と言ってるのかもしれない。そして、有馬芳彦は、後ろ姿で恥ずかしい部分が必ず写ってしまう。それが、有馬芳彦の不器用さを出てしまった原因かもしれない。自分は、有馬芳彦を不器用なエロメンを思うのは、そこかもしれない。

→今、自分の中で気になってやまない「有馬芳彦」の話題。よっぽどだが、前々から「こいつは不器用なセックスしかできない子」と頭っから決めつけて、その決めつけて、有馬芳彦は、「この子はセックスが下手な子」と思い込んだのだろう。相当だが、私も有馬芳彦を心にもないことをブログで書いたかもしれない。
2019年11月に生で見たとき、有馬芳彦を生で見たとき、大きなしびれを覚えて、電撃が走るような思いがした。これで考え方がまるっきり変わったかもしれない。