新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

悪魔と戦う

悪魔と戦う

おそらくだが

ニッポンという国は「何事も我慢強く」耐えることができない国だと思う。
「辛抱」を覚えないからコロナが終息しない気がする。今の日本人は耐えることをもっとしないと社会はよくならない。コロナが終息しない原因は権力者の耳を傾けない。怒りをぶつけない。黙って見過ごすことが多い。それだからニッポンが腐敗していくのは当然だと思う。
創価学会もただ黙って悪を見過ごしたら傍観して、泣き寝入りしたら必ず負ける。2020年の創価学会の敗北の因は「悪を悪として滅する戦い」をしなかったからである。創価学会は今こそ社会悪に断然と立ち向かい、怒りを怒りとして戦ってほしい。
障魔は必然と現れることを認識してほしいものだ。

今こそ悪魔と戦う姿勢は大事だと思う。2020年の創価学会の大敗は「悪魔に味方した」ことが失敗の原因でこれは厳しく反省の余地が必要だ。私も2020年の創価学会の在り方についてブログでたくさん書いたが、残念でならない。権力者がなぜご都合主義かということを創価学会が厳しく断じなかったか。そういうことをしないから「悪」はのさばり、「悪」が喜ぶのだ。創価学会は「権力者のエゴを見抜け」と厳しく言って、厳しく戦わないといけない。哲学不在のニッポンにそういう精神が必要だ。

悪魔

AV業界やアダルト業界は詐欺師の団体か今年はそういうことを考えないといけないと思っている。そういう団体も「ヒトリのオトナ」として見ていくべきで「エゴ」の塊か「わがままな悪魔な世界か」考えていかないと「悪はのさばる危険」がある。
もし彼らが「野干」の吼える人間か確かめていきたい。もしそういう人なら私も降参します。私もそういう人は「悪魔みたいな存在」で「悪魔が囁いてみたいなもの」と思うのです。
創価学会はそういう人も「オトナ」として見ていく必要があるかと思うのです。そういう見極めも大事かもしれません。

2021年も

おそらく2021年も有馬芳彦が「悪魔みたいな奴」かどうか見ていかないといけない。このオトコの持つ悪魔な笑みは「果たして」と思う。
このオトコは手ごわい奴で「できないことをできる」と表現する奴しかない。だから、本気で戦わないといけない。自分の中で「何かが違う」のがある。有馬芳彦はそういうオトコだと思う。恐るべき存在だ。