新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

「この1年、どんな思いを抱いていましたか?」じゃないよ!

「この1年、どんな思いを抱いていましたか?」

というより、この10年。「3.11」前の2010年からの10年間。

「10年後は社会はよくなる」
「20年後に向けて社会をよくしよう」

という考えがなくなり、「3.11」での未曽有の被害で社会をよくしようという考えが薄れて、社会が悪くなる方向しか考えられなかったと思うのです。みんながみんな、「もっと社会が悪くなる」一点張りで通して、「3.11で世の中が悪くなった」「もっと悪くなる」という小さい次元にとらわれて、小さい考えにとらわれたような気がする。
今度のコロナ騒動にしてもその「世の中が悪くなった」マスコミとともに不安をあおった表れがその中になる。荒廃した世の中がコロナの中にあるわけです。

「3.11の時は、世の中が荒廃して、悪くなった。その悪くなった姿がコロナの中にある」

そういうことを実感した思いがします。
もし仮に2030年がまた「世の中が悪くなる」としたら、今のコロナの不安や社会の乱れ。マスコミの異常な不安を扇動は、瑞相に出るわけです。今のコロナ不安がそのまま、10年後も社会が悪化させた。そうならさる得ないわけです。
そうならないために、2020年の干支のねずみ年。12年後の2032年のねずみ年に向けて、社会をよくしようという考えを持たないといけないです。次回の干支に向けて、どう生きるか考えないといけないわけです。

「この1年、どんな思いを抱いていましたか?」

創価学会は創立100周年に向けて、大勝利をというが、2020年の90周年の意義を考えなかった創価学会。何年か前にそういうろまんを考えなかった創価学会は、大きな喪失をしたわけです。創価学会は創立何十周年に広布を阻む輩が必然と現れて、またさらにそれを妬む勢力が現れたわけです。だから、創価学会創立100周年も嫉妬に狂った輩は表れて、妬む人間は出るものです。だから、創立100周年は、負けます。
負けてどう生きるかが大事です。私は、2020年を考えなかったオトナや先行き不透明にした人間への復讐として2030年の創立100周年の大勝利をあっさり捨てました。だから、2030年以降もあるということを考えていきたいと2020年のある日思ったわけです。

「さあ、創価学会よ、2030年以降もある。そういうことをしっかり頭に入れなさい!」

そう厳しく喝を入れます。