新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

2021年4月22日の日ごろの話題から1年

2021年4月22日の日ごろの話題から1年

「呪われた五輪」の東京オリンピック(悪夢ふたたび)

2048年のオリンピック

ジンクス

あえて書くが、3月1日が日曜日か月曜日。3月1日が水曜日か木曜日は暗いニュースで1年を覆いつくすのがジンクスがあることを39歳で得た。
だから、2020年は、3月1日が日曜日。暗い話題で覆いつくした2020年になった。オリンピックでめでたいどころではない。私が言える限りでは、戦前は、1936年の「2・26」事件。ベルリンオリンピックで沸いたものの、戦時色で一色だった。1942年のミッドウェー海戦。これが3月1日が日曜日の年だ。

28年後はどうなのか?

ということは、2048年がオリンピック開催をもししたら「悪運」によどんだ1年になるだろう。
だから、ジンクスは当たる。
2020年は、オリンピックをやると言いながら、二転三転したオトナの責任は重く、内輪もめが多過ぎである。そこへコロナ問題がダブルパンチを食らったようなものだ。
私、統計学に凝ってるわけではないが、39歳になって、「3月1日が日曜日は暗い話題に覆いつくしているんだ」と思った。こういう悲観的に思うことは、社会が良くならないということだ。だから、世の中が悪くなるのは当然だ。

ということで、2020年のオリンピックはあきらめムードで「延期しても絶望」は火を見るより明らか。だから、3月1日が日曜日の2048年のオリンピックの成功を掛ける。
本当ならロンドン開催を改めてやってほしい。インフラ整備もいいので、日本はインフラ整備が整っていないので、まだまだだと思う。

TOKYO

東京や首都圏は、インフラ整備は遅れて、バリアフリー化も進んでいないように思う。そうした中でオリンピックをやるというから、未整備の中の開催ということでふさわしい式典とは思えない。おまけにコロナ不況で業績回復の見込みもできていない。
そういう中で、「オリンピックをやる」というのは「可能の不可能」である。完全に「不可能でできない」ということである。いよいよ「幻の東京オリンピック」になるかもしれない。だから、次回のパリ五輪に「夢を」考えてほしい。パリなら充実してるだろう。

ロンドン代替開催

代替開催

オリンピックの代替開催があるそうだ。東京でのオリンピックの開催、1年延期して、「なんとかする」大人が多い。その東京でのオリンピック1年延期。これは反対。先延ばししても日本がいつどうなるか分からない中で延期しても解決はできない。私は大反対。
きちんと「東京開催中止」ときちんと日本が「降参」をしない限り、日本人がどれだけ多くのことに惑わされて、振り回されたかここで反省が大事なのです。今度のオリンピック問題は、バブル崩壊の「失われた10年」以上の「失われた」ものが多過ぎです。また、震災発生からのこの9年間、どれだけものを失ったか、今度のオリンピック問題で日本の傲慢さが災いして、その傲慢さでどれだけ日本への信用を失ったか分からないものです。私にしたら震災発生からのこの9年は、「失われた10年」以上の「失った」ものが多いのです。
これは、日本人全体の人間構造に問題があり、社会を変えようとしない。また、オリンピック一つにしても「東京開催」をもくろむあまり、いくつものの、「東京だけは特別」という考えが日本人全体にある。また、多くのものの「日本の開催をなんとかやろう」という考えしか考えられない大人のエゴが多いと思うのです。
いよいよ太平洋戦争の敗戦寸前となる東京のオリンピック開催。いよいよ「中止」という負け戦、また、タイムリミットが迫っていく状態です。そのタイムリミットが迫ることを知らない今。こうした現実を我々が重く受け止める必要があります。

→2020年のオリンピックのロンドンでの代替開催。残念なことにコロナウィルスの拡大がイギリスにも及び、年内の代替開催はなくなったわけです。残念な限り。
ぜひ、2032年2036年にオリンピックはロンドンを切に願う。
だが、「鬼神」のような「東京オリンピック」が2020年を亡国へと追いやった。なので、「東京オリンピック中止」こそ「嫉妬ニッポン」の目論見を破れることを念じている。

このニュースも残念だ。せっかく手を差し伸べる都市が表れて、一縷の望みはあったが、ニッポンやIOCが突っぱねたようなものだ。その敵としてその無念を2032年以降で晴らしてほしい。
ということで2032年以降も「オレは生きる」ということだ。

東京オリンピックは、「成功ありき」の大会であって、「成功あって」の大会であった。それが欲に目がくらみ、「これで成功をかけて、一肌脱ごう」とした大人の汚さが出て、次々と失敗に終わった。失敗に終わると無惨になり、跡形もない廃墟と化しつつある。
オリンピックには哲学がなく、亡国を招く原因がいくつもある。呪われて、ただれるだけただれたオリンピックとなった。
今こそ創価学会が大哲学の復権を。そして、「オリンピックは失敗だった」と目を覚ます時が来た。

コロナ拡大、五輪に不安 欧米メディア指摘、世論もさえず 東京五輪100日前

ニッポンはいまだ「オリンピックはできる」と一点張りで通してるが、これは「ニッポンが戦争に勝つ」と声高になった太平洋戦争末期のニッポンと同じ空気になっている。結局、ニッポンは、「オリンピック開催は不可能」に等しいので、速やかな降参を望みたい。
戦争でニッポンは多くのものを犠牲にして、国民をないがしろにされた。今度のオリンピック問題は国民をないがしろにされつつあると思う。コロナの第4波が来て、ニッポンがオリンピックどころではないのに無能の政治家の感覚マヒやズレが生じて、逃げに走っているような状況だと思う。責任逃れをしてるニッポンは世界から見放されたようなものだと思う。だからこそオリンピックを中止して、一日も早い決断を図りたいです。
ニッポンの病理は、「臆病」この病的が治らない限り、ニッポン全体はよくならないものです。

もう1回掲載したのですが、ニッポンは、東京五輪で突っ走ってしまったため、他国の聞く耳を持たなかったのが結論だと思う。ニッポン全体が天狗になったように思います。
仮に2020年夏、代替でロンドン開催したとする。肝心のコロナ問題が揺れ始めた時期にまだ当時コロナワクチンが未開発の時期にオリンピックを行うことはリスクが伴ったように思う。2020年ごろからコロナ問題の暗雲で先行きが見えなくなったように思う。だから、いつの間に「コロナに打ち勝った東京五輪」になってしまった。
コロナでさらに東京五輪は迷走したと思う。最後の最後まで迷走した東京五輪。次回の東京五輪は確固たる大会を願う。仮に50数年後に行うにせよ、今回の「TOKYO2020」が失敗の教訓につながればと思っている。
2070年代後半から2080年代前半「東京五輪」を行うとしたら、これが反省につながればと思っている。