新・エセすすきの日ごろの話題

2012年4月29日にスタートの「エセすすきの日ごろの話題」の続編。2017年6月7日から毎日更新中

2022年7月8日の出来事

悪夢の出来事

あの日、あの銃撃事件で安倍さんが亡くなるとは、誰が思ったのだろうか?
民主主義を脅かすテロ事件に2度とあってはならない。そして、テロで、人の命を奪うことをあってはならない。そして、昭和初期の政治家のテロ事件が再び起こさないためにも、我々は、防ぐことをやらなければならない。

この際だが・・・

今度の参院選で痛ましいテロ事件がまた起こしてはいけないために、警備員の動員や自衛隊派遣。街頭演説の禁止。2メートル以上の距離を取っての遊説と、公職選挙法に盛り込むべきだ。安倍さんの無念を今後に生かすべきではないか?

2022年7月8日の出来事

あの日は、所沢で知った。
あの日の朝、所沢駅は、西武池袋線が人身事故。不通だったため、バスへ行く人が多かった。長蛇の列や炎天下の夏だった。私が、所沢駅近くの公園で涼んでいた。何時間も座った。そうした時、何時か気になって、携帯(スマホ)で「安倍元首相、銃撃」というニュースを知った。私は、「えぇ」と思っただけであって、気にならなかった。だが、心肺停止の状態で「あぁ、安倍さんも危ない」と思った。「死は確か」と思った。
私は、参院選の埼玉選挙区の看板を見て、思わす、自民の関口昌一氏のポスターの前で「関口さん、安倍さんの分まで頑張って」と言った。「安倍さんは亡くなるだから、亡くなった人の分まで頑張って」と思い、そう言った私。そうこうして、「これでいいのか」と思った。そして、数時間後、安倍元首相は、失血死でこの世を去った。

2022年7月8日の出来事

犯人の動機不順で何を根拠に殺害計画したか分からないものだと思った。7月8日は、速報からその夜までそのニュース一色であった。
その中で気になった言葉があった。公明党山口那津男代表は、

「私は安倍元首相と一緒に力を合わせて今日まで歩んできた。報道によれば銃撃をされたと言われているが詳細はまだよく分からない。選挙は言論で戦う場だ。それを暴力で封じるようなことは絶対にあってはならない」

全く同感である。アベ政治を糺す公明党あってこそアベ政治は、長く続いた。だからこそ、山口代表の言葉は、身に染みてならなかった。銃撃された時点で、「安倍さんは素晴らしかった」心からそう思えてならなかった。だが、なぜ「アベ政治の悪に加担した公明党なのか」そこがまだ分からない。確かにねじれ国会が生じたとき、アベ政治は、腐敗した。腐敗したから、政治の清浄化を図るには、時間はかかった。ねじれ国会解消した時、アベ政治は大きく変わると思った。東京五輪さえなかったら、アベ政治は、また、変わっただろうと思う。
それぐらい東京五輪は、アベ政治のアキレス腱だったかもしれない。
だが、アベ政治の腐敗と戦い、チカラを合わせた公明党。安倍さんが独裁者にならないで済んだのは、すべて公明党あってのこそだと思う。公明党アベ政治を糺したから、続いた。安倍晋三の素晴らしさを知ったのは、たぶん銃撃事件が起きたときに自分の思いが出たと思う。